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《平和を祈る人たちへ》
瓦礫の中から生まれた平和

縄田 ●(のぶ)子 (●は言に申)
高女五十六回、大阪府大阪市在住

 フランスの見知らぬ道を歩きながら、綾はあの原爆の搭載機「エノラゲイ」の機長T氏の手の温もりを感じていた。たった数分前に、握手をしたT氏の手の温もりを。

 同時に綾はこの人の心の深みに思いを巡らした。「神よ 何ということをしたのだ。もしこの後百年生きたとしても、私はこの大変な思いを心から拭い去ることはできないであろう」。その人は心の中でこのように呟やいているのではないだろうか。

 「あの町が完全に破壊されたことをご存知ありませんでしたか」。フランス国営放送1チャンネルのニュースキャスターがT氏に尋ねた。「いえ、知っています」「そのことで後悔していませんか」「いいえ、していません」「今、あなたの横にいる綾さんがもしかしたら亡くなったかも知れないのですよ。それでも後悔しませんか」「いいえ」。このやりとりはまことにショッキングであり、綾は打ちのめされそうになった。

 「この人は誰だろう」。綾は呟いた。「この人とあの爆弾と何か関係があるのだろうか。この人は、なぜこのように苦しんでいらっしゃるのであろう」。その人の顔は深い苦悩で歪んでしまっているかもしれない。種々思い巡らし、綾はその人の顔を直視することができなかった。

 教皇ヨハネ・パウロ鏡い来日されたのは昭和五十六年二月のことであった。教皇訪日のちょうど十日前、綾は突然日本のテレビ局を通して、フランス国営放送局からの電話を受けた。「教皇が広島で平和アピールをされる同時間に、テレビに出演できる人を捜している」とのことであった。なぜ綾が電話を受けたかというと、綾がその番組出演に必要な条件を満たしていると思われたからである。綾は子どもの頃、広島で原爆被爆という苛酷な体験をした。そして、後にカトリック修道女になった。綾はその招待を断った。テレビフランスが提示した条件は満たしているかもしれない。しかし、綾は自分が適任とは思えなかったのである。

 数日後、綾は再び電話を受けた。「適当な人が見つからなかった」ようである。綾はもはや断り続けることができず、招待を受けることにした。綾にとってテレビ出演はとんでもないことであるが、それ以上に、共演者がT氏であるなど、想像の外であった。放送が終わって初めて知ったと言うのが本当である。綾は放送中、隣にいる人が誰であるかを知らなかった。しかし、キャスターとのやり取りを通して、その人が体験したであろう苦しみを察し、胸痛む思いにとらわれた。「あの質問に対して、何と答えられるであろうか」「もし自分があの人だったら、同じように答えたことであろう。彼はもちろん命令を断ることはできた。しかし、彼の置かれた状況の中で、現実に命令を拒むことができたであろうか。仮に拒めたとしても、彼の代わりに誰かがその任を受け、あの爆弾はどちらにせよ、落とされたに違いない」と綾は放送中、自分自身に問い掛けていた。

 あの爆弾による被害の凄さは、言語に絶するものであった。二十万人が一瞬にして葬り去られた。それだけではない。多くの者が常軌を逸した状況に陥った。薬はなく、治療法も分からないまま放射線で身体中を焼かれた人、怪我人がウヨウヨしている現実。「カルシウムが火傷に効く」と聞いた生存者は、死んだ隣人の骨を砕いて爛(ただ)れた火傷の治療に使った。 正常な状態でこのようなことができるであろうか。正常な状態で、例え一人であっても、人を殺すことができるであろうか。あのような爆弾を正常な状態で落とすことができるであろうか。一体誰が正常なのであろうか。

 これが戦争なのだ。「戦争は人間の仕業」。その人間の仕業が人間を狂わせるのである。戦争は人間を狂った獣に変えてしまうのである。戦争は人間本来の姿を完全に破壊し、獣と化した人間性そのものを餌としてむさぼり食う野獣である。野獣が獣をむさぼり食う。これが戦争である。

 昭和二十年八月のあの恐ろしい夏の日、綾は何をしていたのであろうか。あの頃、高等女学校三年生以上の生徒は、勉強の代わりに軍需工場で働き、二年生以下の生徒は、建物疎開などの作業に従事していた。建物疎開とは、街の建て込んだ地域に防火帯を作るために住人を強制退去、家々を解体することであり、女学生はその瓦礫(がれき)などの片付けに従事するため、駆り出された。二年生の綾は、当然解体後の家の片付けに参加しているはずであった。当日はしかし、大したことはなかったのに、家で床に伏せっていた。「何だか気分が悪い」と言ったことに、母親が大変心配をし、無理やり休ませたのである。綾自身は、行って自分の義務を果たしたかった。しかし、母親は行かせたくなかった。そこで、綾は制服を着たまま横になり、毎日通学の道中寄って一緒に行ってくれる友を待つことにした。

 何が起こったのであろう。その日に限って友達は来なかった。綾は「怠けで義務を怠っているのではないだろうか」など、なすこともなく、布団の上であれやこれやと思いを巡らしていた。

 突然、誰かが巨大なカメラで街全体の写真でも撮ったかと思われるような閃光(せんこう)と轟音(ごうおん)が起こった。あまりの驚きに思考回路は切断され、何が起こったのかを考えることすらできなかった。ふと気が付くと、綾は倒壊した家の下敷きになっていた。多くの人々が下敷きのまま猛火に呑まれて死んでいった。幸いなことに、綾は火が達しないうちに瓦礫の中から救い出された。しかし、爆弾による放射能汚染の影響から逃れることはできなかった。綾は生死の境を三カ月もさ迷った後、生還したのである。医者の治療を受けることなく、一錠の薬を口にすることもなく。

 長くて暑い夏、苦しみそのものだった夏が終わり、綾が何とか歩いて外に出たその日、級友の母親、夏のあの最後の日以外はいつも迎えにきてくれたあの級友の母親と偶然出会った。「あの日、キミちゃんはどうしたの。キミちゃんはどこにいるの。元気なの」(きみとは友人の名前である)。矢継ぎ早に綾は質問した。母親は顔を曇らせ、涙ぐみながら、しかし冷静に答えようとする努力が見えた。

 「あの日、きみは頭痛がして、勤労奉仕に行きたくなかったの。でも兵隊さんたちは前線で、私たちのために一生懸命戦ってくださっているのだから、頭痛ぐらいで自分のしなければいけないことを怠ってはいけないと無理に行かせたの。そんなことで、グズグズしていて時間がなくなり、直接行かせたの。それがあの子を見ることのできた最期。二度と戻ってこなかった。今に至るまで、私はキミの骨の一欠片さえ見つけることができていないの」「ああ・・・!」。驚愕して綾は言葉にならない叫びを上げた。「ああ、いや! キミ! キミ! どうして・・・!」「私は本当の病気ではなかったのに『母が寝ていなさい』と言って助かった。きみは本当に具合が悪かったのに、お母さんが無理やり行かせて死んでしまった。どうして・・・!」。誰がキミの母親を責めることができようか。戦争が彼女を狂わせてしまったのだ。これが戦争なのだ。

 戦争 ―― 母親から息子を、妻から夫を奪う。地球を不毛にする。「ラケルはもういない息子たちのために泣いている」(旧約聖書エレミヤ書三一章一五節)

 T氏は生き残った人々にとって、原爆を運んで来た殺人犯ではなく、むしろ犠牲者なのだ、戦争の。ある生存者たちは、ヒロシマは深い苦しみを通して世界に平和をもたらすために選ばれたと感じている。亡くなった二十万人の犠牲者の苦しみを深く思い、私たちはその苦しみを、破壊を通して真の平和がもたらされたことを知る。

 綾は、第二次世界大戦中に使われた二発の新型爆弾について洞察し、その責任は全ての人、即ち、その爆弾を運んだ人、爆弾によって被害を受けた人、双方にあると思った。敵も味方もない。「双方が被害者であり、加害者である」と綾は確信している。自分をも含めて、私たちは全ての犠牲者のことを心にとどめているだろうか。もしそうでなかったら、犠牲者は犬死にしたことになる。T氏の血の通った手の温もりが綾に甦ってくる。その人の心、その人の苦悩・・・。綾の心とその人の温もりを混ぜ合わせる。永遠の愛、無限の神秘に向かって。

・・・七十四歳