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紙面から from Asahi Shimbun

【被爆地で声届ける 被爆者ら、潘・国連事務総長と対面 「核の真実を心に刻んで」】 (2010年8月5日 夕刊)

 国連のトップ、潘基文(パンギムン)事務総長が5日、被爆地の長崎市を初めて訪問した。65年前に原爆が炸裂(さくれつ)した直下に立ち、世界に向けてメッセージを発した。長崎原爆資料館では被爆者らとも面会。「核廃絶のため、一生懸命努力したい」と語った。

 午前11時2分。くしくも原爆が投下されたのと同じ時刻に、潘氏は長崎原爆資料館で被爆者の谷口稜曄(すみてる)さん(81)と固く握手を交わした。
 谷口さんは16歳の時に被爆し、現在は長崎原爆被災者協議会長で日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員を務めている。

 展示室に掲げられた背中一面を真っ赤にやけどしてうつぶせに横たわる谷口さんの写真の前で、潘氏は「これはいつの写真ですか」と尋ねた。谷口さんは「被爆半年後の写真です」と答えた。潘氏が「健康状態はいかがですか」と気遣うと、谷口さんは「背中から汗が出なくて手術を繰り返しています」と話した。
 潘氏は谷口さんら被爆者6人と面会。話を聞き終わった後、「核廃絶のため、みなさんとともに一生懸命努力したい」と話したという。
 谷口さんは5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議では各国代表らに向けてこの写真を掲げ、被爆者代表としてスピーチした。しかし、「私を最後の被爆者に」と訴えたその場に、核保有国の首脳らの姿はなかった。

 今回、核保有国の関係者に先立ち、潘氏が国連事務総長として初めて長崎に足を運んでくれた。谷口さんは対談後、「これまで国連事務総長が被爆地にきたことはなかった。人間の血の通った人だと思った。
潘さんが、国連の中で手腕を発揮してくれることを期待したい」と話した。
 爆心地から800メートルの防空壕(ごう)内で被爆した下平作江さん(75)にとっては、3カ月ぶりの潘氏との再会となった。NPT再検討会議の最中の5月4日、潘氏を招いて開かれた「平和市長会議」に参加した。潘氏は冒頭の演説を終えると、車いすの下平さんに歩み寄り、両手を包み込むように握った。下平さんは、潘氏の長崎訪問を知ると、手のぬくもりを思い出した。「血の通った手で、思いを受け止めてくれた」と考えた。
 この日は、爆心地で亡くなった被爆者に思いをはせてほしいと願い、焼け野原となった長崎の写真を見せ、「この地でたくさんの人が骨になった。あなたが踏みしめるその足もとにも、誰にも拾われることなく埋もれている骨がある。『私はここにいる』という声に耳をそばだてて、65年前にあったことを心に刻んでほしい」と話した。
 在日韓国人被爆者の権舜琴さん(84)は、民族衣装のチマ・チョゴリを着て臨んだ。
 潘氏の随行員に1枚の写真を渡した。被爆翌年の1946年、長崎の爆心地で被爆者の遺族有志が開いた慰霊祭を写したものだ。
 「韓国人である潘氏に、日本で被爆死した多くの韓国人がいたことを知ってほしい」

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