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紙面から from Asahi Shimbun

【私も被爆者と認めて 指定地域外の「体験者」、援護に差 「不条理」と係争中 長崎】 (2010年8月8日 朝刊)

 国により「被爆者」とは違う「被爆体験者」だとされている人たちが、「区別は不条理だ」と主張する裁判を長崎地裁で続けている。長崎に原爆が投下されたとき、爆心地から半径12キロ圏内にいたのは同じなのに、医療費などで大きな差があるからだ。原爆投下から65年。高齢化が進み、原告395人のうち13人はすでに他界している。

 原告の松田逸男さん(74)は爆心地の北西約8キロの旧式見村(現長崎市四杖町)に今も暮らす。1945年8月9日は夏休みで、家の近くの芋畑で草取りをしていた。
 飛行機の音がして空を見上げた瞬間、真っ赤な光が目に入り、ものすごい音とともに暴風に襲われて、その場に倒れた。必死で自宅に戻ると、家中のガラスが割れ、茶だんすは倒れ、棚のものは落ちて散乱していた。翌朝には畑に灰がたまっていた。
 約1週間後、下痢と歯茎からの出血が始まり、出血は半年ほど続いた。すぐ下の弟は下痢がひどく何度も入院。その下の弟も腎臓病を患った。
 20代で歯が抜け始め、50代で自分の歯はほとんどなくなった。7年前に喉頭(こうとう)がんと前立腺がんがわかって手術、ホルモン治療を続ける。弟たちも大腸がんや前立腺がんを患う。「体験や病気は被爆者と変わらない。我々は『被爆体験者』ではなく『被爆者』だ」と松田さんは話す。
 なぜ、被爆者でなく「被爆体験者」とされるのか。それは、原爆投下時にいた場所が、国が指定する「被爆地域」(原爆被爆地域と第1種健康診断特例区域)の外だからだ。被爆地域は旧長崎市域を中心に決められたことから、円形ではなく、爆心地から南北に半径12キロ、東西に7キロといういびつな形をしている。そのため、爆心地からの距離が同じでも被爆者と認められるかどうかが分かれる。
 被爆者は、放射能による健康被害という「特殊の犠牲」があるとして、がんを含めたほぼすべての病気の医療費を国が負担するほか、月3万3800円の健康管理手当が支給される。一方、被爆地域外にいた松田さんのような人たちには、もともと何の援護もなかった。
 「被爆体験者」という用語が登場したのは、10年ほど前のことだ。長年の長崎県、長崎市などによる被爆地域の拡大の要望に対応して、厚生労働省が、12キロ圏内の未指定地域について「放射能の影響はないが、被爆体験による心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神的な健康影響がある」との見解をまとめ、02年に「第2種健康診断特例区域」と指定。この地域にいた「被爆体験者」がうつ病などになった場合に、精神疾患とその合併症に対して医療費を支給し始めた。ただし、がんなどの病気は医療費支給の対象にならない。
 原告たちは07年11月から7次にわたって提訴。国と県、市を相手に、被爆地域の拡大と被爆者健康手帳の交付を求めている。被爆体験者を支援する平野伸人・全国被爆2世団体連絡協議会前会長は「国の対応は被爆者をこれ以上増やしたくないというものにしか思えない。政治はこの問題にどう向き合うのか。政治家の判断も問われている」と話す。
 「被爆体験者」は長崎県内に約8000人、全国には約2万人いるといわれている。

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