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紙面から from Asahi Shimbun

【被爆者・遺族「腰定まらぬ国、もどかしい」 長崎原爆の日】 (2010年8月10日 朝刊)

 9日、被爆地の長崎で読み上げられた平和宣言は、日本政府や核兵器保有国に「核なき世界」への努力を迫った。平和祈念式典の会場にいた被爆者たちは共感を寄せた。
 《核保有国の指導者の皆さん、「核兵器のない世界」への努力を踏みにじらないでください》
 田上富久(たうえとみひさ)・長崎市長が読み上げた平和宣言は、最初に核保有国に訴えかけた。5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議では期限つきの核軍縮の行動計画が核保有国の反対で退けられたことを指摘。核軍縮に「誠実に」取り組むことを要求した。
 長崎市大波止地区で被爆した荒木孝行さん(83)=長崎県雲仙市=は思わず涙が流れたという。「核保有国に厳しく迫った。被爆者として過ごした65年間をしみじみと思う。そんな宣言だった」
 宣言は最近の日本政府の姿勢も厳しく批判した。
 《NPT未加盟の核保有国であるインドとの原子力協定の交渉を進めています。これは、被爆国自らNPT体制を空洞化させるものであり、到底、容認できません》
 自らも被爆者で、遺族代表として式典で献水した長崎市の浦部豊子さん(80)はこの一節に共感した。「腰が定まらない国がもどかしい。首相は被爆者の代表でもある。この宣言を胸に刻んで帰ってほしい」と話した。
 長崎市の恵の丘長崎原爆ホームに入所して18年になる森山君子さん(92)は車いすで参列した。平和宣言が日米の「核密約」に触れて非核三原則が形骸(けいがい)化していたことを指摘したことに「よく言ってくれた」と喝采した。
 「ずっと隠していた密約がやっと明らかになった。国の態度がはっきりしなくて……歯がゆかですよ」

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