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紙面から from Asahi Shimbun

【(核なき世界へ)被爆国からのメッセージ:4 アーティスト・月下美紀さん】 (2010年11月7日 朝刊)

 米国の未臨界核実験は「いずれやる」と思っていましたから驚きませんでした。巨大な技術を保つには実験が欠かせないからです。なのに、被爆地では「裏切られた」という反応がほとんど。僕に言わせれば「よく言うよ」です。
 米国では、原爆投下が戦争を終わらせたという考え方が支配的です。オバマ大統領が核廃絶を口にしたからと言って、そんな簡単に核を捨てるわけがない。「オバマに乗っかればいい」という考えが、あまりに無垢(むく)すぎました。
 オバマに広島、長崎に来てほしいとの声があります。彼が来た時、何を求めるつもりなのでしょうか。謝罪か、核実験中止か。被爆地なりの「外交」が求められるはずですが、議論の整理すらできていません。「原爆の悲惨さを見て」と感性に訴えるだけなら「外交」ではありません。
 僕は広島の爆心地から4キロで被爆しました。「太陽が落ちてくる!」と家に飛び込んだ記憶があります。
 小学生だった1952年、平和記念公園に「過ちは繰返(くりかえ)しませぬから」の文章を刻んだ原爆死没者慰霊碑ができました。戦争という過ちは二度としないと誓ったんだと思っていました。ただ54年のビキニ事件以降、核の脅威が叫ばれると、「被爆地の願いは核廃絶」といつしか絞られてしまいました。仮に核がなくなる時が来たら、広島、長崎の役割は終わりでしょうか。
 海外で平和運動をしていると、「君のプリンシプル(原則)は何か」とよく問われました。広島のプリンシプルは何でしょうか。今こそ「戦争反対」の原点に返るべきだと思います。
 9月に広島に戻るまで11年間、沖縄に住みました。地上戦を経験した沖縄の人々は広島、長崎に関心を示さない。でも、人々が圧殺された点では地上戦も原爆も同じ。「戦争反対」を根底に据えることで、今も世界で続く悲惨な戦争をなくすにはどうすればいいか、一緒に考えることができるのではないでしょうか。
 被爆地が核の悲惨さを訴えるだけでは将来、「被爆者というかわいそうな人たちがいた」と語られるだけになりかねません。被爆者の1人として、世界に向き合える提案を考えていきたいと思っています。(聞き手・加戸靖史)

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 つきした・みき 69歳。40代で墨絵を通じた平和運動を始める。1996年に「核兵器使用は一般的に違法」と勧告的意見を出した国際司法裁判所の審理にNGOメンバーとしてかかわった。

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