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紙面から from Asahi Shimbun

【(核なき世界へ)被爆国からのメッセージ:7 体験記の発禁経験、石田雅子さん】 (2010年11月10日 朝刊)

 父の転勤で、原爆投下の4カ月前に長崎の女学校に転校しました。被爆したのは、動員先の魚雷工場。爆心地から1・0キロでした。
 気づくと、生臭い血のにおいが漂い、頭から血が滴っていました。助けを求める人たちのうめき声が聞こえましたが、逃げるのに必死で何もできませんでした。そんな中、裸足の私に自分のげたを片方脱いで貸してくれたり、「家族は無事だよ」と励ましたりしてくれる人がいました。地獄で仏にあったような思いでした。

 被爆1カ月後、高熱や白血球の減少で福岡市の病院に入院しました。東京にいた兄に促され、病床で被爆の体験を手紙にしました。恐ろしい記憶を思い出したくはなく、嫌々書いたものでした。
 1947年、その手紙を父と兄が「雅子斃(たお)れず」と題して出版しようとしました。しかし、悲惨な情景描写や「悪魔のような原子爆弾」といった表現が反米感情をあおるとして、連合国軍総司令部(GHQ)から発禁処分を受けたと聞きました。

 2年後、GHQの検閲を通るよう表現を手直しし、本が出ました。私は出版に乗り気ではありませんでした。家族にあてた幼稚な文章で、親族に死者もなく、入院して十分療養できました。幸運な自分の状況を思うと、悲惨な経験をされた方々に申し訳ない気持ちでした。だから出版後、平和運動にはかかわらず、静かに祈り続けていました。

 昨年、オバマ米大統領が「核なき世界を目指す」と訴えたことに勇気をもらいました。今回、本の復刊に同意したのも、その延長線上のことです。自分の甘っちょろい体験であっても、みなさんに知っていただきたい。尊厳を踏みにじられたまま犠牲になった人々に代わり、核廃絶に役立ちたいと決めたのです。
 私の背中を押してくれたオバマ大統領が未臨界核実験に踏み切った。腹が立ちます。原爆は何世代にも被害を及ぼし、人類の生命を根から絶ってしまう。核廃絶は遠い未来の理想ではなく、近い将来に必ず実現しなければならないという決意を示してほしい。被爆者の希望を再び後押ししていただきたいのです。
 (聞き手・渡辺洋介)=おわり

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 いしだ(現姓・柳川〈やながわ〉)・まさこ 79歳。発禁処分となった14歳の時の被爆体験記が今年、「長崎・そのときの被爆少女 六五年目の『雅子斃れず』」として大学教授により復刊された。

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