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紙面から from Asahi Shimbun

【2011年の夏】
原爆と原発:5 (2011年7月26日 朝刊)

(原爆と原発:5)被爆と被曝をつなげる芽

 7月13日午後。東京都港区のホテルで田中熙巳(てるみ)(79)は記者会見に臨んだ。
 「すべての原発について、年次計画を立てて操業停止・廃炉にするよう要求します」
 全国の被爆者でつくる日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の事務局長。結成から55年を迎えて、核兵器廃絶を訴えてきた被団協が初めて打ち出した「脱原発」の方針だった。
 田中は語る。「原発事故で苦しむ福島の人たちに被爆者がどう寄り添っていけるのか。この方針が、一つの答えだと思う」
 被団協の内部では、原発の是非に踏み込むことに慎重な意見があった。香川県原爆被害者の会会長の木場博(83)もそうだった。
 元四国電力社員。鉄塔を建てる際の用地買収を担った。瀬戸内海に浮かぶ小島に生まれ、家に電灯がともったのは10歳のころだ。
 資源の少ない日本は原発に頼らざるを得ないし、きちんと点検すれば事故は起きないと信じてきた。「原発への態度は被爆者によってだいぶ違う。原発を持ち出すと運動が分裂しかねなかった」
 原発事故は木場の考えも、そんな運動のあり方も変えた。
 6月の被団協総会の討論で「脱原発」へ踏み出すよう口火を切ったのは、長崎原爆被災者協議会で理事を務める広瀬方人(まさひと)(81)。原発事故に「またヒバクシャを生んでしまった。この日本で」と悔やむ。「自分たちは、ノーモア・ヒバクシャを掲げてきたはずなのに」

 ●子ども守りたい
 「原発はいりません」。6月28日、東京電力の株主総会があった会場のホテル前で、福島県郡山市の会社員松本徳子(49)はマイクを握っていた。
 2人の娘の母。郡山で生まれ育ち、県内に原発が10基あることなど知らなかった。事故後、本や新聞をむさぼるように読んだ。放射能への漠然とした不安が「危ない」という信念に変わった。
 「子どもたちを放射能の危険から守りたい」という一心で、「反原発」の声を上げ始めた。中学1年の次女は東京の親類の家に預けた。夫を地元に残し、8月から合流する。
 事故に直面して気づいたことがある。高校の修学旅行先としての記憶にあるが、どこかひとごとだった広島と長崎のことだ。
 「何もわからない状態で被曝(ひばく)させられ、何年、何十年もあとまで影響を心配し続ける。福島の子どもたちと原爆の被爆者はどこか似てはいないか」
 7月31日、原水爆禁止世界大会に合わせて福島県民集会が開かれる。松本は被災者として登壇する。

 ●NPTの意義は
 「原爆の日」がめぐってくる。フクシマをどう受け止め、核兵器廃絶の訴えにつなげるか。運動がよりどころとしてきた核不拡散条約(NPT)=キーワード=がはらむ問題にも焦点があたり始めた。
 5大国には核兵器の保有を認める。それ以外の国が持つのは禁じ、条件をのめば原子力の平和利用を権利と認める――。NPTが軍事利用との間に厳密に線を引き、平和利用を認めていることをどう考えるか。
 7月2日。長崎市長が8月9日に読み上げる平和宣言を起草する委員会の場で長崎総合科学大准教授の芝野由和(61)が発言した。
 「核の平和利用という美名のもと、核保有国の立場が容認されてきたと気づいた。NPTで認めているがこういう事故が起きた以上平和利用もやめるべきだ」
 原発事故を目の当たりにして感じた。「核軍縮のために平和利用のあやしさに目をつぶる、という構図は今後も成り立つだろうか」
 問題を抱えつつも、核兵器廃絶を目指す代わりの枠組みはなく、NPTの存在意義は芝野も認めざるを得ない。それでもなお、その問いかけは示唆に富む。
 平和運動に取り組んできたNGO「ピースボート」共同代表の川崎哲(あきら)(42)も、NPTをテコにする核兵器廃絶運動と「反原発」は矛盾しないと確信した。「核軍縮を追求するNPTがお墨付きを与える平和利用に、我々は反対しづらかった。そんな遠慮はもうやめるべきだ」
 原爆投下から66年。被爆と被曝をつなげる芽が生まれつつある。被爆国で起きた原発事故は、戦後の日本社会が当たり前としてきた前提や枠組みを揺さぶっている。=敬称略 (金順姫)=おわり

 ◆キーワード
 <核不拡散条約(NPT)> 米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国にだけ核兵器の保有を認めるが、「誠実に核軍縮交渉を行う義務」を課す。原子力の平和利用を「奪い得ない権利」と位置づける一方、軍事技術への転用を防ぐため国際原子力機関(IAEA)による査察を求める。東西冷戦のただ中の1968年、核戦争が現実化する懸念を背景に結ばれた。70年に発効し、日本は76年に批准した。
 締約国は190カ国。核兵器の拡散を食い止める世界的な枠組みはほかになく、日本政府も被爆者も重視してきた。5年ごとに再検討会議が開かれる。本来的に持つ「不平等条約」の性格から、核兵器を持つ国と持たざる国の対立は避けがたい。

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