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紙面から from Asahi Shimbun

【2011年の夏】
この空に祖父が原爆を 投下機乗員の孫、広島・長崎へ 葛藤超え「非核」誓う (2011年8月6日 朝刊)

 今から66年前、広島、長崎に落とされた原爆は20万人を超える命を奪ったとされる。その両方への原爆投下機に乗り込んだ唯一の米兵を祖父に持つアリ・ビーザーさん(23)=米メリーランド州=は、原爆使用をめぐる「二つの視点」のはざまで揺れてきた。被爆地を訪れる決心をし、5日、広島に着いた。

 「いまここに立っていること自体が、すごいことだ」。広島を訪れたアリさんはつぶやいた。焼けただれた衣服が展示された原爆資料館。献花が絶えない慰霊碑。26年前に一度だけ両被爆地を訪ねたという、祖父の足跡をたどった。
 米兵だった祖父はジェイコブ・ビーザーさん(1992年に71歳で死去)。死別時は4歳で、やさしいおじいちゃんだった。
 その祖父が「戦争を終わらせるのに貢献した英雄」と意識し始めたのは、アリさんが生まれる3年前に撮影された映像を見た時だ。85年夏の米ABCテレビの名物番組、「グッドモーニング・アメリカ」。

 ゲスト出演したジェイコブさんは、レーダー技師として広島への原爆投下機「エノラ・ゲイ」、長崎への「ボックスカー」に搭乗した経験を語り、「なぜ罪の意識を感じる必要があるのか」と胸を張った。
 ジェイコブさんはドイツにルーツを持つユダヤ系。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)で親族を奪われた経験が第2次世界大戦を戦う強い動機になった、と番組で語っていた。
 原爆を投下しなければ、戦争はさらに長引き、もっと多くの日本人と米兵の命が奪われた――。祖父の言葉には説得力があり、誇りに思った。
 しかし、小学6年のとき、原爆投下に「もう一つの視点」があると知る。
 歴史の授業で、2歳の時に広島で被爆し、白血病の回復を念じながら鶴を折り続けて12歳で亡くなった佐々木禎子さんの物語を読んだ。衝撃を受けた。
 今年5月、コロラド州立大ボルダー校を卒業し、写真家に。日本語を学びながら被爆者の手記を読んできた。
 〈原爆投下が正しかったとか間違っていたとか、ぼくらの世代に判断できるのか〉〈人間を殺すのが正しいなんてありえるのか〉
 ただ一人、空から二つのきのこ雲を見た祖父は何を経験したのだろう。広島、長崎を訪ねなければという思いが強まっていった。
 5日。8歳の時に被爆した小倉桂子さん(74)の英語証言を聞いた時は心を動かされた。自分が水をあげた被爆者が目の前で息絶えたことを今も後悔し続けているという。
 原爆投下を正当化していた祖父も生前、「原爆の使用は最も異様な非人道的行為だった」とメディアに語ったことを思い出した。
 「原爆を使うような状況をつくることは二度とあってはならない」。被爆地に立ち、そう確信した。
 6日、広島平和記念式に参加した後、長崎へ向かう。原爆投下をめぐる「多様な視点」をテーマに本にまとめたいという。帰国前にボランティアとして東北の被災地にゆく。 (武田肇)

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