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紙面から from Asahi Shimbun

【2011年の夏】
広島と福島をつなぐ 広島、原爆から66年 (2011年8月6日 夕刊)

 これ以上核の被害者が生まれないように――。原発事故の後、初めて迎える広島の「原爆の日」に被爆者らは祈った。原爆投下から66年、日本は再び放射能の脅威にさらされている。被爆の経験を原発事故の被災地にどう生かすのか、核兵器をいかに廃絶していくのか。ヒロシマとフクシマがつながる。

 ●「震災と原発事故に衝撃、寄り添っていきたい」     被災地支援する被爆2世・渡部朋子さん
 「福島の人たちに寄り添っていきたい」。平和記念式に参列したNPO法人代表理事の渡部朋子(わたなべともこ)さん(57)=広島市安佐南区=は、原爆死没者慰霊碑を見つめ、決意を新たにした。
 両親は広島で被爆。被爆2世との意識を強く持ち、アジアの難民支援や平和教育教材作成など草の根の平和活動に取り組んできた。
 東日本大震災と続く福島第一原発事故に言葉を失った。「何かしたい」。知人に福島県飯舘村の菅野典雄村長を紹介してもらった。広島の小学生たちが折った鶴と手紙を携え、4月初旬に会いに行った。
 福島第一原発から北西約40キロ。飯舘は、とても美しい山あいの村だった。「丁寧に」という意味の方言「までい」を合言葉に、畜産中心の自給自足の村を目指してきたという。
 そんなふるさとが、目に見えぬ放射性物質によって奪われようとしている。「自分は『核廃絶を』と言いながら、原発のことを意識の外に追いやってきた」
 福島第一原発のある福島県大熊町から会津若松市へ避難した自閉症の子を持つ親たちが「冷房や扇風機どころか、茶わんやはしもない」と苦しんでいる。別の知人からそう聞いて、はしや皿を集めて送った。
 今月17〜20日に親子16人を広島に招き、キャンプを楽しんでもらう。9月には親しいチェコのチェリストと飯舘を訪ね、全村避難の村に入居者らが残る特別養護老人ホームで演奏会を開く予定だ。「行動を積み重ね、福島と広島の間に絆が生まれてくれば」と願う。
 81歳の母は原発事故のニュースを見ながら、つぶやいた。「まきでご飯を炊いてもいいけ、もう原発はいらんよ」。そんな被爆者の気持ちを8月6日にかみしめなければ、と渡部さんは思っている。(加戸靖史)

 ●「原爆も原発も放射能を出すことは同じ」     いわきから避難、水戸市平和大使・遠藤愛実さん
 式典には、福島第一原発の事故で県外避難している中学3年生も参加した。
 福島県いわき市で両親と弟(14)の4人で暮らしていた遠藤愛実(まなみ)さん(15)。避難先の水戸市から「平和大使」として派遣された。
 広島を訪れるのは初めて。式典では外国の人たちと並んで献花をした。「世界の人が心と力をあわせたら、きっと核兵器をなくせる」と感じた。
 自宅から原発までは約40キロ。震災まで原発を意識したことはなかった。水素爆発した映像がニュースで流れると、両親が「こどもの将来が心配。逃げたほうがいい」と言い出した。放射能の怖さを実感したのは、そのときだ。
 建設会社を営む父(61)と看護師の母(46)は仕事のため、地元を離れられない。5月上旬、被災生徒を受け入れていた水戸市の私立中に弟と2人で転校。家族がばらばらになった。
 7月、小中学生を対象にした市の平和作文コンクールに応募したら、最優秀に選ばれた。今の級友が温かく接してくれたことに触れ、一人ひとりの優しさが平和を築いていくのだと思う、と書いた。
 原爆のことは教科書で知っていたが、平和記念資料館を見て「人がここまで無残に殺されたのか」とショックを受けた。一方、「原爆も原発も放射能を出すということでは同じ」。被爆者は白血病やがんに苦しんだと聞く。原発事故も、じわじわと体に影響を与えるのではないかと心配だ。
 「被爆者の方が長く苦しんでいることを実感した。未来が平和なもの、すてきなものになるために、どんな事情があっても戦争はダメなんだと分かった」。福島に戻ったら、友達に伝えたい。(高木智子)

 ●「核共存、国民投票は」「経験、世界が共有を」 原爆と原発、世界の人は
 原爆と原発をどう考えるか。被爆地に集まった海外の人々に聞いた。
 ピアニストのカルロ・アルディッツォーニさん(44)は、6月に国民投票で脱原発を選んだイタリアから来た。「間違いが起きた時に核は大問題になる。共存について日本も国民投票で決めてはどうか」
 日本で物理学を研究するドイツ人のマルクス・クリナーさん(37)は「広島は戦争、福島は災害と経緯は異なるが、人に責任がある点は同じ」。
 ウガンダの小学校事務局長ムタジィンドワ・ファルックさん(30)は「人々が原爆の歴史とどう向き合っているか、子どもたちに教えてあげたい」と話した。イギリス出身で神戸在住の英会話教師、ドナ・シェフィールドさん(34)は「核兵器の悲劇と原発事故の両方を経験した日本の経験を全世界が分け合うべきだ」。
 メキシコの高校生、エリザベス・ベルランガさん(17)は「核が及ぼす影響は大きすぎる。広島で、人類と核の関係について考えたい」と言った。
 連続テロ事件が起きたノルウェー。広島国際学院高校1年に交換留学中のグロ・ペチュニア・ティーレセン・スバゴウさん(16)は「平和を維持するには人間関係をつくることが大事。多くの人と平和を祈りたい」と話した。

 ◆「はだしのゲン」作者、初めて式出席 「首相の言葉、もの足りぬ」
 広島で被爆した少年がたくましく生きる姿を描いた、漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さん(72)=埼玉県所沢市=が初めて、平和記念式に出席した。首相が何を語るか注目したが、「脱原発にも核兵器廃絶にも、もっと踏み込んでほしかった」。
 広島の爆心地から1・2キロで被爆。父と姉、弟を原爆に奪われた。「宣言で平和が来るのか」と記念式には足が向かなかった。しかし、昨年秋に肺がんの手術をし、死線をさまよった。「見納めになるかもしれない。首相が核兵器廃絶の決意をどんな言葉で語るか、見届けたい」と決めた。
 福島で原発事故が起き、「放射能の恐怖を知った広島、長崎の教訓が生かされていない」と憤る。7月、がんの転移が見つかり、今月下旬から抗がん剤の治療に入る。中学生と小学生の孫、次の世代のためにも「人が制御できない原発はなくすべきだ」と語った。(金順姫)

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