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紙面から from Asahi Shimbun

【2011年の夏】
次代へ8・6伝える 深町陸夫さん、平和宣言に手記 広島「原爆の日 (2011年8月6日 夕刊)

 「同級生を誘って、近くの川で夕方まで、砂場でたわむれ、泳いだのですが、その日が彼との出会いの最後だったのです」
 深町陸夫さん(79)=奈良市=は、自らの被爆体験を盛り込んだ平和宣言が読み上げられるのを会場で聞いた。
 広島市は被爆者の思いを宣言で世界に伝えようと体験談を初めて公募、深町さんら2人が選ばれた。深町さんの文からは8月5日の思い出の部分が、原爆投下まで市民が普通の生活を送っていたことを示す場面として採り入れられた。
 広島市の牛田地区の自宅で被爆し、ガラス片を浴び、気を失った。学校の配属将校の父は帰って来なかった。自身はやがて体の自由がきかなくなり、1年3カ月の間、寝込んだ。今思えば放射能の影響に違いない。
 体験談の公募は新聞で知った。福島の原発事故で放射能に焦点があたっている。身をもって知る自分が放射能の怖さ、原爆のむごさを伝えねば――。一気に書き上げた。
 友人と遊んだ川や砂場は翌日は一転、死体があふれる惨状となった。そして友らは行方不明に。「亡くなった人の代わりに生かされている気がする」。体験を次世代に伝えるのは自分の責務なのだと思う。(城石俊弘)

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