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紙面から from Asahi Shimbun

【2011年の夏】
原爆の日、世界が伝えたヒバク ヒロシマ・ナガサキ――フクシマ (2011年8月10日 朝刊)

 東日本大震災後に初めて「原爆の日」を迎えた日本社会を、世界のメディアの多くは、東京電力福島第一原発の事故と関連づけて報じた。

 ●米国 脱原発の動き紹介
 米主要メディアは、これまで原発に積極的に反対してこなかった被爆者や団体に変化が起きている状況を紹介した。
 6日付の米紙ワシントン・ポストは、広島、長崎の被爆者でつくる日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が、原発廃炉に向けて方針転換したことを紹介。「我々は長崎・広島、ビキニ環礁の水爆実験に続く、第3の被爆者を生み出してしまった」とする長崎の被爆者の声を掲載し、被爆者らが「脱原発」に傾いている様子を伝えた。
 米紙ニューヨーク・タイムズも7日付の紙面で、「原爆被災者、原発反対に加わる」という見出しで、日本被団協や被爆者の間で「脱原発」の動きが強まっていることを紹介した。一方で、松井一実広島市長が平和宣言で、市民の賛否が割れていることなどを理由に、「脱原発」には踏み込まなかったことにも触れた。
 (ワシントン=伊藤宏)

 ●英国 核テロの危機「身近にある」
 英国ではロンドンや主な地方都市で6、7日、原爆犠牲者の追悼式典が開かれた。反核団体やキリスト教団体が主催する毎年恒例の行事だが、「日本の原発事故で例年より関心が広がった」との声も聞かれた。
 英中部レスターの公園で6日に開かれた式典には市長も参加。午前8時15分に祈りをささげた。「政府は核ミサイルの維持に大金を投じるより、病院や学校にもっと費やしてほしい」と主催者のブレンダ・ウォロールさん。式典後、市中心部で核軍縮を呼びかけたが、「福島の原発事故の影響で放射能の脅威に耳を傾ける若者が増えた」と話した。
 中部ダービーでは潜水艦搭載の核ミサイルが作られていた工場の前で追悼集会が開かれた。「核テロの危機が身近にあることを知ってほしかった」とレスリー・マシューズさん。北部アバディーンでは約200の灯籠(とうろう)が川に流された。
 集会の参加者はいずれも十数人〜100人ほど。広島の平和記念式は一部メディアが短く伝える程度で関心は高いとはいえない。
 (ロンドン=沢村亙)

 ●ドイツ 日本に「原発は善」の見方
 福島の事故を機に、2022年までの「脱原発」を決めたドイツ。公共放送ARDは6日夜のニュース番組で「核の黙示録から66年後、日本は再び放射能と戦っている」と福島事故に触れた上で、被爆国日本が戦後、核兵器を断固拒否する一方、原子力の平和利用を「進歩的」として受け入れてきたと紹介。「原爆は悪だが原発は良いものだとする古い見方は、福島から半年たった今も機能している」とコメントした。
 ドイツ東部のポツダム市は6日、元ベルリン工科大教授の外林秀人さんを功績ある市民として記録に残す式典を開いた。広島で被爆し、ドイツ各地で被爆体験を語り続けてきた外林さんの「平和と核のない世界を求める長年の活動」を評価した。
 (ベルリン=松井健)

 ●イタリア 原発停止の継続、世界中に訴える
 6月の国民投票で、原発停止の継続を決めたイタリア。国内各地で6日に開かれた核兵器廃絶を願う集会では、あわせて脱原発を世界各国に広げるよう訴えるものもあった。
 力が入っていたのが、ニュース専門局「SkyTG24」だ。震災直後から被災地取材を続けてきた極東特派員のピオ・デミリア氏による、菅首相の独占インタビューを含むリポートを放送した。デミリア氏は「今まで8月は、世界にとって『ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ』を訴える時だった。今年からは『ノーモア・フクシマ』を加えねばならない」と締めくくった。
 ただ世界的な金融不安の渦中にあるため、新聞各紙の扱いは総じて例年より小さかった。ローマ法王ベネディクト16世の日曜恒例の「正午の祈り」のメッセージも、7日はシリア、リビア両国の情勢が主で、核問題には触れられなかった。
 (ローマ=石田博士)

 ●ロシア 核武装の可能性放棄に歓迎の声
 「日本の首相は核エネルギーへの依存を減らすことを約束した」(イタル・タス通信)。ロシアのメディアは、6日の平和記念式を伝える中で、原発に依存しない社会をつくるとの菅首相の演説内容に力点を置くものが目立った。
 メディアの中には日本の原子力政策の転換を歓迎する論調もある。
 インターネット新聞「フォーラム・モスクワ」は、日本の脱原発は核の軍事利用の可能性を放棄するものであり、北方領土問題の解決策から軍事的手段の選択肢を消すことにつながると指摘した。
 (モスクワ=副島英樹)

 ●フランス 原発大国、関心薄く
 世界有数の原発大国であり、核保有国でもあるフランスのメディアは6日、広島の平和記念式に大きな関心を示さなかった。
 そんな中で、ルモンド紙は東京発の特派員電で、原発事故後の日本社会の変化を分析。明治維新以来、日本の近代化と経済成長を引っ張ってきた政官財の「鉄の三角形」に対する不信感が高まっていると指摘。「広島・長崎から66年、日本は再び原子力の犠牲となった」「国家と国民との社会契約は傷ついた」と論評している。
 フランスの反核団体連合体は6日、パリ・エッフェル塔近くの広場で集会を開いた。そのひとり、NGO「ストップ核兵器」のドミニク・ラランヌ代表(68)は朝日新聞に「フクシマの事故により原子力問題への関心は高まったが、政治家は核兵器を問題視せず、メディアもほとんど語らない」と批判した。
 (パリ=稲田信司)

 ●中国 長崎に初出席の米国代表を報道
 国営新華社通信は9日、田上富久長崎市長が原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を進める必要性を訴えたことを報道。福島第一原発が「いまだに放射能を漏出している」などとその背景を説明した。一部の中国紙は、米政府代表が初めて長崎の式典に出席したことも報じた。中国は原発の開発を今後も進める姿勢であることに加え、広島、長崎への原爆投下は「侵略戦争を起こした日本に早期降伏を迫るためだった」(新華社)との位置づけ。ネット上には「日本は毎年、被害国のように原爆投下の式典を開き、加害色を薄めている」といった声さえある。
 (北京=古谷浩一)

 ●バンコク 後世へと伝える
 自らの被爆体験を世界各地で伝える「非核特使」に日本政府が委嘱した被爆者が9日、バンコクのカセサート大学で講演会を開き、学生ら200人が核兵器の恐ろしさや核なき世界の実現に向けた思いなどに耳を傾けた。
 講演したのは66年前のこの日、長崎で被爆した元高校教諭の計屋道夫さん(74)。計屋さんは1年に数カ月過ごすタイ北部チェンマイなどで、3年ほど前から地元の学生らに原爆体験を語る活動を続けている。
 計屋さんは、当時の写真などを見せながら原爆投下の様子などを説明。国民学校の2年生だった計屋さんは、この日爆心地近くの川で友達と泳ぐ約束をしたが、宿題があって親に外出を許してもらえなかった。友達との再会はかなわず、「子供の遺体を見るたびに今でも悲しい」と話した。
 質疑応答では「被爆国がなぜ原発を持つようになったのか」「紛争解決には必要な戦争もあるのでは」といった質問が出た。計屋さんは「紛争を防ぐため、原爆体験を語ることによって草の根のつながりをつくりたい」などと答えた。参加者の一人、3年生のタニタ・サムランジットさん(20)は「実際に被爆された人の話を聞くことで、広島や長崎の被害や核兵器のもたらす問題がよく分かった」と話した。
 (バンコク=藤谷健)

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