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紙面から from Asahi Shimbun

【2012年の夏】
全町民に放射線手帳 福島・浪江、独自配布へ  (2012年8月3日 朝刊)

 東京電力福島第一原発事故で立ち入り禁止の「警戒区域」などとなった福島県浪江町が、避難時の動きなどを記録する「放射線健康管理手帳」を月内に町民に配り始める。原爆の被爆者健康手帳と同様に、手帳を持つ人には医療費の自己負担分が免除されるような支援も国に求めていく。周辺の自治体にも呼びかける。

 福島県は昨年6月から、放射線の人体への影響について調べるため、アンケート形式の「県民健康管理調査」を実施している。住民の被曝(ひばく)量を調べるため、事故から2週間は1時間単位で行動を記入させるなどし、計4カ月間の記録をもとに被曝量を推計。回答者には調査結果や、今後の健康診断やがん検診の結果を記録する「県民健康ファイル」を配布している。しかし、記入量が膨大で回収率は5月末現在で22・6%にとどまる。
 一方、浪江町が配布する放射線健康管理手帳は住民全員に届ける。約2万1千人の住民は散り散りになっているが、避難先をすべて把握しており、郵送する。県民健康ファイルとほぼ同様の中身。それでも町独自で手帳を作成したのは、「住民全員に健康管理を徹底してほしいから」(同町の担当者)という。
 浪江町など警戒区域の住民らの医療費の自己負担分は今は無料だが、来年2月末まで。被爆者援護法に基づく被爆者健康手帳にならい、恒久的な医療費の自己負担分の無料化を国に求めるための足がかりにしたいという狙いもある。  手帳作成をめぐり、町役場内では「原爆と原発は性質が異なる」との意見もあったが、「対放射線」の観点から被爆者に対する施策を参考にすることとした。
 浪江町が手帳にこだわる背景には、国への強い不信感がある。事故直後、国は緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)のデータを明らかにせず、住人は放射線量の高い地区へ一時避難した経緯がある。「被曝の不安は生涯つきまとう」。そう考えた馬場有(たもつ)町長がリーダーシップを発揮し、国に頼らず独自の施策として手帳を作ることを決めた。
 浪江町は今後、被爆者への援護政策の歴史や現状を研究したいとしており、広島での平和記念式に馬場町長らが参加する。

 ●差別心配…迷う周辺町村
 だが、この動きが広がらない。今年2月、福島県内であった双葉郡の8町村長会議で、馬場・浪江町長は手帳を導入するよう呼びかけたところ、双葉町が賛成の意向を示したものの、6町村の反応は乏しかった。
 朝日新聞が6町村に導入するかどうかを尋ねたところ、いずれも「保留」とした。川内村の遠藤雄幸村長は話す。「広島、長崎で被爆した方の中には、その後差別を受けた人もいると聞いた。(被曝したことを示す)手帳を持たせることが、子どもたちの人生にとっていいのかどうか……」
 放射線による健康被害については懸念を示す。「リスクがないとは言い切れない」(富岡町)。ほかの町村も「(影響があるかどうか)わからない」という。
 周辺自治体も巻き込み、医療費の自己負担分の無料化への法整備を迫りたいという浪江町の計画には壁がある。復興庁の担当者は「特定の自治体の住民の医療費について、自己負担を完全にゼロにするというのは、保険制度の公平性の観点から難しい」と説明する。

 ◆原爆被害並みの法整備を 馬場有・浪江町長の話
 福島原発の事故時、国が情報を出さなかったことで、多くの住民が無用な被曝をしてしまった。低線量被曝でも、子どもや女性への影響は気がかりだ。「年20ミリシーベルトまでは大丈夫」と言われても、額面通りには受け取れない。

 放射線健康管理手帳について、「差別を受けるのではないか」という意見は住民からもあった。だが10年、20年単位で住民の身に何かが起こったとき、被曝したことを示す「証明書」として必要と判断した。
 賛同自治体が少なく、医療費の自己負担分の無料化までには険しい道のりが待っていようとも、広島・長崎の「被爆者援護法」と同程度の法整備を国に求めていきたい。
 広島の方々には励ましの言葉を多数頂いた。6日に訪問し、放射能と闘った歴史を学び取り、復興への息吹を感じ取りたい。

 ◆キーワード
 <被爆者健康手帳> 被爆者援護法に基づき、被爆したと認定された人に交付される。特定の病気にかかり、申請すれば月額3万3570円の健康管理手当が支給されるほか、放射能に起因する病気にかかり、原爆症と認定されれば月額13万6480円の医療特別手当が受け取れる。手帳の所有者は約21万人(3月現在)で、医療費や各種手当の総額は1478億円(当初予算)。

 ■福島原発周辺町村の浪江町の手帳への賛否と意見
 【広野町】
保留/国が被曝による影響を長期的に監視する体制を構築してほしい
 【楢葉町】
保留/放射線対策については、現在も協議中である
 【富岡町】
保留/長期にわたり、健康診断が可能な体制作りを国に要望したい
 【川内村】
保留/住民の甲状腺を検査している病院と連携し、データを共有したい
 【大熊町】
保留/本来は福島県が放射線量の管理台帳の本人控えとして交付すべきだ
 【双葉町】
賛同/浪江町と連名で国に要望している
 【葛尾村】
保留/福島県による健康管理調査が実施されているため、保留とした

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