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紙面から from Asahi Shimbun

【2012年の夏】
核なき東アジア 国際平和シンポジウム 「核兵器廃絶への道〜世界と東アジア」  (2012年8月4日 朝刊)

 ◆廃絶のプロセス、管理を 一橋大学准教授・秋山信将(のぶまさ)氏
 米国と中国の間で核戦争が起きないと思う人はどれぐらいいますか?(聴衆の多くが挙手)。この現実をどう核軍縮のプロセスとして形にするか。答えを見つけるには気の長い対話を米国、中国、日本も含めて進める必要がある。
 まずは核兵器に依存しない安全保障環境を作ることだ。これに核兵器国がどう合意できるかが問題だ。
 二つの矛盾することを同時に追求する必要がある。
 一つ目は、核兵器を使わないことを互いに確信できること。二つ目は、核兵器がなくなっていくプロセスを管理すること。核兵器が減るある時点では、片方の核兵器が多い可能性が出てくるかもしれない。このときにバランスが崩れるのが大きな懸念になる。
 米国とソ連の軍備管理からも、学ぶことができる。冷戦時代、米ソは恐怖の均衡の関係だったが、核を互いにどう使わないようにするか、制度として確立していった。不信感を相殺するため、チェックを精緻(せいち)化していった。冷戦が終わる頃には、核兵器の数が減るプロセスができた。
 次は中国もそこに含まれていくだろう。中国の核戦略は米ロとだけでなく、インドとパキスタンとの関係にも影響を受ける。米中が核軍縮の中心になっていく。
 ただ、米ソと米中では関係性が異なる。米ソは数を減らし、確認することで攻撃しないという考え方だった。中国の場合、まず互いに核兵器を使わないことを宣言しましょうとなる。どこかで妥協点を見つける必要がある。
 日本はどうするか。米国と同盟関係があって、中国とも関係が近い。核を使わない安全保障をどう確立していけるかを主体的に考える必要がある。ゴールは非核兵器地帯だが、中国と日本も主体的に対話を深めることが大事だ。

    *

 広島市立大学平和研究所講師、日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員などを歴任。外務省「核軍縮・核不拡散に関する有識者懇談会」委員を務める。44歳。

 ◆非核兵器地帯、広めよう 長崎大学准教授・中村桂子氏
 長崎大核兵器廃絶研究センターは、被爆地・長崎の思いを政策提言にして内外に発信することが期待されている。
 長崎市の田上富久市長は市の役割を「ズレを正す」と説明する。被爆国であり核廃絶を訴える日本が同時に、国の安全保障には核兵器が不可欠だと言う。こうしたズレを正していきたい。春にあった核不拡散条約再検討会議に向けた第1回準備委員会で、16カ国が核軍縮の人道的側面に関する共同声明を発表した。なぜ、日本に声がかからなかったか考える必要がある。
 核廃絶という世界的課題に貢献しつつ、自国の安全を守る。こうした挑戦への一つの答えが、「非核兵器地帯」の考え方だ。
 非核兵器地帯は地域の国々が条約を結んでできる。肝は、条約を結んだ国に核兵器で攻撃や威嚇をしない約束をする「消極的安全保障」だ。約束を守っているか検証したり、問題を話し合いで解決したりするシステムもある。
 この地帯を北東アジアでも広めようと、構想が発表されてきた。その一つが「3プラス3構想」。日本と韓国、北朝鮮の3国が非核兵器地帯を作り、近隣核兵器国の中国、米国、ロシアが消極的安全を保障する形だ。支持の声が近年高まり、日本国内の首長402人から署名が集まった。核軍縮・不拡散議員連盟の日本支部を軸に、条約案を作ろうという動きもある。
 「北東アジア非核兵器地帯」をどう実現するか。米国際政治学者モートン・ハルペリン氏の提案が注目されている。6者協議の中での諸懸案を包括的に扱う条約案だ。
 いまある五つの非核兵器地帯は地域の課題と向き合い、理想と現実のせめぎあいの中で生まれた。北東アジアでも、実現できる理由を見つけることが大切だ。

    *

 長崎大学核兵器廃絶研究センター研究員。今年2月まで「NPO法人ピースデポ」事務局長。情報誌「核兵器・核実験モニター」や「イアブック核軍縮・平和」を編集。39歳。

 ◆福島から学ぶ機運乏しい 原子力利用、4人の考えは――
 三浦 4人の議論で核の現実から(非核の)理想へ道筋はあると受け止めた。最後に福島第一原発事故と原子力の利用について。民間事故調査委メンバーの秋山さんに報告を。
 秋山 欧州や日本では原子力をやめようと機運が高まったが、原子力を導入したい途上国はまだある。それをやめろと言うだけでは解決につながらない。国際社会は核使用で派生するリスクを最小限に抑える枠組みを作るべきだ。
 核の脅威を減らすのは、原子力事故を起こさないことだけではない。核軍縮こそが最終的なゴール。(1)原子力の安全性(2)核セキュリティー(3)核物質のセーフガード(軍事転用防止措置)の3点と核軍縮は、どちらも進めていくべきだ。
 原子力事故はどこで起きても世界中の問題だと肝に銘じないといけない。残念ながら、国際社会が福島の事故から学ぼうという機運は乏しい。原子力導入の障害になるという考えが途上国には根強い。これをどう克服するかが大事だ。
 ブレア 私が共同代表をしているNGO「グローバル・ゼロ」は原子力の民生利用に中立の立場だ。その条件の一つがセーフガードだ。例えばイランのような国が望めば、民生利用名目で核開発を進められる。こういう抜け穴を防ぐため、施設の査察などが必要になってくる。
 沈 原子力は責任ある形で使うことが必要。政府だけでなく国民全体の問題としてとらえるべきだ。専門家がどのようにして政府内部で公共政策を責任あるものにしていくかを監視することが重要だ。それが福島の事故から学ぶべきことだ。
 中村 ウラン濃縮や使用済み核燃料再処理でも、日本がどういう道を進むか問われている。非核兵器地帯へのプロセスや軍縮問題としても近隣諸国への影響をきちんと認識しなければならない。
 朝鮮半島では1992年の非核化共同宣言で再処理やウラン濃縮をしないと決めたが、北朝鮮は破り、韓国は今そこに進もうと変化している。誰もが納得できる公正で透明なシステムをこの地域でつくることが信頼醸成につながる。

 ■核をめぐる最近の動き
2009年4月 オバマ米大統領がプラハで「核なき世界」を目指す演説
  10年5月 核不拡散条約(NPT)再検討会議で核軍縮に向け合意
  11年2月 米ロの新しい戦略兵器削減条約(新START)が発効
     3月 東京電力福島第一原発で事故。広い範囲に放射能汚染
  12年2月 北朝鮮が長距離ミサイル発射や核実験、ウラン濃縮を一時停止する代わりに、米国が食料支援することで合意
     3月 プーチン氏がロシア大統領に返り咲く
        ソウルで第2回核保安サミット
     4月 北朝鮮で金正恩氏が最高指導者に就任。北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射し、国連安保理が議長声明で非難
   4〜5月 NPT再検討会議の第1回準備委員会
    11月 米大統領選
    12月 韓国大統領選

 ◆キーワード
 <北東アジア非核兵器地帯構想> 日本と韓国と北朝鮮の3カ国を核兵器の開発や保有を禁じる地帯にする。同時に、3カ国を核保有国の中国、ロシア、米国は核攻撃しないと約束する案が有力。だが、北朝鮮は2006年と09年に核実験をしており、朝鮮半島の非核化は課題が残る。非核兵器地帯の条約はラテンアメリカ・カリブ、南太平洋、東南アジア、アフリカ、中央アジアの5地帯で成立している。

 <核不拡散条約(NPT)> 米ロ英仏中の5カ国に核兵器保有を認めて軍縮義務を課す一方で、他の国に保有を禁じ、代わりに原子力の平和利用の権利を認める。核実験をしたインド、パキスタンや事実上の核保有国イスラエルは未加盟。北朝鮮は脱退を宣言し、核実験を2度した。5年ごとに運用状況を確かめる再検討会議があり、2010年に核廃絶への行動計画を盛り込んだ文書を採択した。

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