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紙面から from Asahi Shimbun

【2012年の夏】
被爆者代表 命ある限り、核廃絶訴え  (2012年8月9日 夕刊)

 被爆者代表として、式典で「平和への誓い」を読み上げた中島正徳さん(82)は当時15歳だった。母と弟2人、妹2人を亡くした。爆心地の南3キロで被爆。自宅に帰る途中、廃虚で黒く焦げた死傷者たちを目撃した。
 誓いで、その記憶を淡々と語った。「年齢的に最後」と決意し、すべての被爆者の思いを代弁したかった。
 《戦争がなければ、核兵器がなければこの悲劇は起こらなかった。いかなる国の核兵器も廃絶し、戦争のない平和な社会を目指して命の限り訴え続ける》
 長崎県被爆者手帳友愛会の会長。家族の命を奪った原爆への怒りは年を重ねるごとに強まっている。「母に孝行したかった。きょうだいが生きていれば、いい話し相手になってくれていたはず」。週に1度は家族の墓に足を運んでいる。
 (上田輔)

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