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紙面から from Asahi Shimbun

【2013年の夏】
 被爆の爪痕、保存に悩む 標本3万点、広島・原爆病院建て替え (2013年7月10日 朝刊)

 広島赤十字・原爆病院(広島市中区)が、保存する被爆者の臓器標本の扱いに頭を痛めている。建て替え計画に伴い保存場所が狭くなるうえ、ホルマリン漬けの標本は長年経つと研究に使えなくなるからだ。「被爆者が生きた証し」として大切に保存してきたが、将来の「廃棄」も現実味を帯びてきた。

 同病院解剖棟の2、3階には、計約300平方メートルのスペースにバケツ型の保存容器が整然と並ぶ。ホルマリン漬けの臓器標本などは約20万点。うち被爆者の標本は2万8275点にのぼる。

 病院は57年前から、死因がはっきりしない患者や手術で摘出した臓器標本をすべて保存。被爆者の標本はがんの研究などに生かしてきたが、金岡峰夫事務部長は「人類史上初の核兵器の被害者が生きた証しを捨てるという発想がなかった」と説明する。

 ただ、ホルマリン漬けの標本は長年経つと、たんぱく質が変化して遺伝子検査や研究には適さなくなる。「技術の進歩を待って活用したい」「置き場も余裕がある」との考えから保存してきたが、2年前に決まった病院の再整備計画に伴い、解剖棟も2016年には取り壊されると決定。新たな施設の保存場所は従来の半分以下で、標本の扱いが課題として浮上した。

 院内の医師らが議論した結果、被爆者以外の標本は建て替え後、古いものから順に破棄すると決めた。被爆者の標本についても顕微鏡用のプレパラートなどは永久保存する一方、臓器標本の扱いは「保留」とし、今後の課題として残された。

 他の原爆関連の医療・研究機関も、標本の保存に頭を痛めている。日本赤十字社長崎原爆病院(長崎市)は、標本について「置き場所や効率性から長期の保存は困難」として2年間で廃棄している。広島大原爆放射線医科学研究所(広島市南区)と長崎大原爆後障害医療研究所(長崎市)は「原爆の関係資料や標本の置き場は十分になく、検討問題だ」という。

 広島赤十字・原爆病院の藤原恵(ふじはらめぐむ)・病理診断科部長は「本来なら各病院や研究機関がもつ被爆者の資料を一元管理する仕組みをつくるのが望ましい」と話す。(後藤洋平)

 ◆キーワード
 <広島赤十字・原爆病院> 1939年に「日本赤十字社広島支部病院」として開院し、56年に「広島原爆病院」が併設され、被爆者の治療、研究の拠点機関のひとつとして機能してきた。88年に両病院が統合され、現在の名前になった。

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