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紙面から from Asahi Shimbun

【2013年の夏】
芝居への情熱、演じ継ぐ 被爆死の宝塚スター朗読劇、広島で6日初演 (2013年8月1日 夕刊)

写真 朗読劇を演じる春風ひとみさん=ヒューモ提供

来年、創立100周年を迎える宝塚歌劇団。戦前から戦時中のスターだった園井恵子は、広島に投下された原爆のため亡くなった。被爆から68年を迎える6日、波乱の生涯を描く朗読劇「私は芝居がしたいの!」が広島市で初演される。元タカラジェンヌの女優が、先輩の思いを継いで演じる。

 園井は1929年、初舞台に立った。宝塚の伝説のトップとして知られた春日野八千代(昨年死去)らと共演。42年の退団後は、映画「無法松の一生」(稲垣浩監督)で阪東妻三郎の相手役・吉岡夫人を演じるなど、銀幕で注目を浴びた。

 戦時中は軍需工場や傷病兵の慰問のため、国家の号令で移動演劇隊が作られ、活躍の場が減った多くの俳優らが参加した。園井も広島を拠点とする「さくら隊」に所属していた。

 45年8月6日、32歳の誕生日を迎えた園井は、広島市内にあったさくら隊の宿舎にいた。爆心地から約700メートルの建物内で被爆し、避難した神戸の知人宅で放射線の急性症状が出て亡くなった。

 朗読劇の脚本・演出は元毎日放送記者で、長年宝塚歌劇を取材した宮田達夫さん(76)。原爆で亡くなったタカラジェンヌは園井ただ一人とみられるが、その悲劇は忘れられつつあるように感じた。

 「園井さんが最期に何を語ったのか」。調べたところ、歌劇団の後輩だった内海明子さんが、園井の臨終に立ち会ったことを知る。宮田さんは4年前から、昨夏に内海さんが亡くなるまで、繰り返し当時の話を取材し、執筆したという。

 宮田さんが聞いた内海さんの証言によると、園井は6日に被爆した後、比治山(現・広島市南区)に避難。8日には、ぼろぼろの着物のまま神戸の知人宅に逃れた。終戦の15日には「これで芝居ができるわ」と大喜びし、盛岡の実家に自分の無事を知らせる手紙も書いた。しかし、18日に容体が急変。40度以上の高熱を出し、21日に息を引き取ったという。宮田さんは「芝居への情熱を持ち続けた園井さんの思いを、舞台という形で実現したかった」という。

 朗読劇をひとりで演じるのは、歌劇団の元娘役スターで女優の春風ひとみさん(52)。劇では、高等女学校生だった園井が宝塚にあこがれ、音楽学校に入学した頃から亡くなるまでを描く。春風さんは「大先輩の思いを受け継いで演じたい。平和の大切さを広めるため、来年以降も8月6日に広島でこの作品を演じたい」と話す。

 6日の公演は、広島市中区紙屋町のヒューモホール(082・504・5080)で。午後1時30分と同4時30分の2回公演だが、1回目のチケットはすでに完売。2500円。

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