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紙面から from Asahi Shimbun

【2013年の夏】
若者よ、広島学ぼう オリバー・ストーン監督、原爆ドーム訪問 (2013年8月6日 朝刊)

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 原爆投下から68年。戦争に批判的な米国の映画監督、オリバー・ストーン氏(66)=写真、佐藤慈子撮影=は5日、朝日新聞のインタビューに応じ、広島で被爆の惨禍を想像することの大切さを訴えた。日本ではいま、集団的自衛権をめぐる憲法解釈の見直しや改憲論議など、戦後日本のあり方を変える動きが目立つ。核なき平和を求める被爆地の声は届くのか。

 ストーン氏は5日夜、広島市内でインタビューに応じた。核廃絶を実現するために、若い世代に向けて「広島についてもっと学ぶことだ。学べば意識は変えられる」と訴えた。

 ストーン氏は、想像することの大切さを強調した。「僕は1945年のこの場所にいるような気がしている。いまここであの日の瞬間、爆風を感じている」

 「瀕死(ひんし)の被爆者がさまよっていた。父と母の姿も見えた。川に浮き沈みする遺体も見えた」。原爆ドームや平和記念資料館を訪れ、脳裏に浮かんだイメージをこう表現した。5日、母親と弟を亡くした被爆者の男性から「原爆とは知らなかった」と聞いたという。「当時の人はその爆弾が何かわからなかっただろう」と思いをはせた。資料館にある「人影の石」も記憶に残ったという。「人々の影が一瞬で焼き付き、体は一瞬で吹き飛ばされたのだろう」

 原爆を投下した米国の責任についても言及。「敗者のナチスが原爆を落としていれば、批判を受け続けただろう。しかし勝者の米国の場合は(悪に)制裁を加えたと例外扱いされる」

 参列する6日の平和記念式典では、安倍晋三首相の発言に注目しているという。「首相が何を言うのか聞きたい。彼は核兵器を全廃しようと言うにちがいない。軽い調子で」。皮肉を込めてそう語った。

 若い世代には「僕だって5、6年前まで広島の歴史を知らなかった。学べば意識は変えられる」とメッセージを送った。

 4日に広島入りし、原爆の惨禍を伝える広島平和記念資料館を視察したストーン氏は、5日も平和記念公園や原爆ドームなどを訪問。午後には「8・6ヒロシマ平和のつどい2013」に出席し、一緒に来日した米アメリカン大学のピーター・カズニック准教授と対談した。

 ストーン氏は対談で、米国で浸透している「原爆が戦争の終結を早めた」という見方について、「人々は不快な歴史の事実を受け入れがたい。私自身も理解するのに時間がかかった」と語った。一方、日本とアジア諸国の関係について「日本はアジアへの加害責任に向き合っておらず、犠牲者の立場に立った視点がない」と批判した。

 今後、ストーン氏は長崎、沖縄を訪問し、15日に離日する予定だ。

 ●「意識は変えられる」 一問一答
 ――広島を歩いた印象は
 想像の中で、僕自身が1945年のこの場所にいるような気がしている。いまここにいて、あの日の瞬間を感じた。  ――広島で見たり、聞いたりしたことで印象に残ったことは
 資料館はとても役だった。多くの写真を見ることができた。破壊された風景のパノラマ写真は衝撃だった。

 だが、(米国の歴史を批判する)僕たちの主張は、米国の大手メディアは受け入れない。時々無力感を感じる。

 ――伝えたいことは
 私の最大のメッセージは、真実を学んでほしいということ。若者に関心を高めてほしい。被爆者が亡くなっていくなか、彼らが生きているうちには核の廃絶はできないかもしれない。

 若い世代は、広島についてもっと学ぶべきだ。僕だって5、6年前まで広島の歴史を知らなかった。私は年老いたが、学べば意識は変えられる。

 (聞き手・宮崎園子、金成隆一)

 ●ゲンは生き続ける
 広島市の原爆ドーム前を流れる元安川の水面に5日夜、昨年12月に亡くなった漫画家の中沢啓治さんと、中沢さんの被爆体験をもとにした代表作「はだしのゲン」の主人公、中岡元の姿が並んで映し出された。

 広島市の市民グループが企画。福島第一原発事故や震災に向き合う被災地への思いも込め、「生きろゲン!!」の言葉を添えた。

 会場を訪れた中沢さんの妻ミサヨさん(70)は「主人は『ゲンは俺の分身。俺が死んでもゲンは生き続け、世界に原爆の怖さや平和を訴えてくれる』と言っていた。まさにその思いを表現してくれました」と話した。(清宮涼)

 ●核への依存、転換求める 平和市長会議閉会
 核兵器の廃絶を目指す世界の都市が加盟するNGO「平和市長会議」(会長・松井一実広島市長)の総会は5日、広島市で、核抑止力に頼る安全保障体制の転換を求める「ヒロシマアピール」を採択し、閉会した。

 総会は4年に1度開かれ、東日本大震災と福島の原発事故後では、初の開催となった。アピールは「放射線の発生源のいかんを問わず、これ以上の『ヒバクシャ』を出さないよう全力を尽くさなければならない」と強調。核軍縮をめぐる動きについては「核兵器の非人道性が強調されている」と評価し、核保有国などに核軍縮を議論する国際会議への積極的な参加を求めた。

 平和市長会議は、世界157カ国・地域の5712都市が加盟。今回は18カ国から157都市が参加した。(中崎太郎)

 ●平和集会に2000人 連合が単独主催
 核兵器なき世界を求める「平和広島集会」(連合主催)が5日、広島市内で開かれた。約2千人が参加し、「核兵器による悲惨な被害が二度と起こらないように世界に向けて強く広く働きかけていく」とする平和アピールを採択した。

 広島県原爆被害者団体協議会理事長の坪井直さん(88)は「人の命を取り合いする戦争は絶対許さん。その中でも何十万人が死ぬ核兵器はだめ。絶対悪だ」と訴えた。

 集会は2005年以降、連合と原水爆禁止日本国民会議(原水禁)、核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)が主催してきた。しかし原発に批判的な原水禁と、原子力の平和利用を掲げる核禁会議との立場の違いが表面化し、両団体は今年の主催から降り、連合の単独主催となった。

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