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紙面から from Asahi Shimbun

【2013年の夏】
物語る、原爆の記憶 広島、被爆68年 (2013年8月6日 夕刊)

写真 昨年度に資料館に寄せられた被爆資料は90点。河野正義さん(当時14)が被爆し亡くなった時に履いていた靴(中央)も母の死を機に遺族から寄贈された。これらは展示され、歴史を語っていく

写真 森脇瑤子さん(当時13)は、学徒動員の建物疎開作業中に被爆死した。兄の細川浩史さん(85)は瑤子さんが日記を書くのに使っていた万年筆を今も自宅に保管し、自身の被爆体験を話す時に使っている。「妹の宝物で、1945年8月5日のインクが乾いてそのまま残っている」と話す=広島市中区

写真 被爆した父のゲートルを仏壇に置いている箕牧智之さん(71)。「子や孫に残してほしい」と話す 写真 広島市中区の寺岡雅義さん(72)が今年5月に寄贈した祖父源助さんの懐中時計。表面が変色していた。原爆で焼けた自宅跡から父秀夫さんが遺骨とともに見つけた。「祖父が父を、そして父が私をどういう思いで育てたかを知って泣ける」と話す=広島市 写真 寄贈品は、各地の展覧会へも貸し出され、原爆の実態を伝えている。輸送は運送会社の美術品専門スタッフがする=広島市

広島市の広島平和記念資料館には、被爆の実態を伝える約2万1千点の資料がある。「ここでしか見せられないものを見せたい」と、近く実物中心の展示に切り替える計画だ。被爆者の高齢化が進み、個人や遺族が持つ原爆資料は消失や散逸の危機にある。それを防ぐため、資料館は「寄贈するか保管して後世に残してほしい」と呼びかけている。

 収蔵品の調査や整理をしている学芸員、佐藤規代美さん(40)は「原爆の実態を伝えるには実物に勝るものはない。世代を超えてつないでいく必要があるものです」と言う。

 資料は原爆のむごさだけでなく、被爆者本人や家族の物語も伝えている。そんな実物の語りに耳を傾けてみた。

 (写真・文 筋野健太)

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