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紙面から from Asahi Shimbun

【2013年の夏】
 原爆症認定基準、議論の先は 安倍首相、作業加速を指示 (2013年8月7日 朝刊)

 安倍晋三首相が原爆症の認定基準見直しに向けた議論を加速させるよう指示した。厚生労働省の検討会で年内に結論を出すことになったが、認定対象を広げる難しさもある。申請を却下された人たちの提訴が相次ぐなか、高齢化が進む被爆者には焦りも出ている。

 6日午前、広島市内のホテル。被爆者7団体の代表らを前にした安倍首相は、原爆症認定制度のあり方に関する厚生労働省の検討会に触れ、こう強調した。

 「よりよい制度になるよう議論していただき、年内に最終報告を取りまとめるよう作業を急がせたい」

 認定制度は訴訟の原告らが強く見直しを求め、広島や山口など選出の自民党議員らで作る「被爆者救済を進める議員連盟」(会長・河村建夫衆院議員)が後押し。爆心地から3・5キロ以内などで被爆して特定疾病にかかった人を「積極的に認める」とする現行基準を改め、「自動的に認めるべきだ」と主張してきた。

 ただ、「検討会があるのに勝手に決められない」(政府高官)という事情もある。そこで首相は認定対象の拡大には踏み込まず、議論の加速を指示。菅義偉官房長官も記者会見で「制度の不備をなくし、よりよいものにしたいという基本方針に従って早く結論を出してほしい」と同調した。

 首相は第1次内閣の6年前、広島市で「原爆による被害に苦しむ方にしっかり対応していく」と表明し、翌年の認定条件緩和につなげた。今回は検討会に異例の指示を出したものの、判断は先送りするという慎重な対応にとどまった。  その代わり、首相は8人の認定申請に対する却下を取り消した大阪地裁の判決は受け入れる意向を固めた。首相周辺は「認定のあり方は議論の結果を待つが、救済しなければいけない人はきちんと救済する」と解説する。制度自体を否定する判決でない限り控訴せず、理解を求めていく考えだ。

 ■検討22回、見えぬ着地点
 「残念ながら堂々巡りが多すぎた。これから先はしないようにしたい」

 7月の厚労省検討会終了後にあった会見。原爆の日を前に結論が出ていないことについて、検討会委員の田中熙巳(てるみ)・日本原水爆被害者団体協議会事務局長はこう話した。

 検討会は、原爆症認定の集団訴訟を踏まえ2010年12月に始まった。被爆者団体代表や放射線や法律の専門家、広島と長崎の両副市長らがメンバー。これまで22回の会合を重ねたが、被爆者団体と専門家の隔たりは大きく着地点は見えない。

 被爆者側は、集団訴訟で国側が相次いで敗訴してきた司法判断と、厚労省による認定との隔たりを埋めるため、制度を抜本的に変えるよう主張。「被爆者全員に一定の手当を支給し、病気や重症度に応じて段階的な手当を加算すべきだ」と幅広い認定を求めている。

 現在の認定基準は08年に従来より広く原爆症を認めるよう改められている。爆心地から3・5キロ以内で被爆するなどの条件を満たし、がんなど七つの病気になった場合は積極的に認定する方針で「がんや白血病はほぼ認定している」(田村憲久厚労相)。専門家は「今でも幅広く認定している」「公費を使うには根拠が必要」と現制度をもとに見直すよう主張している。

 原爆症に認定されれば、医療費は国が全額負担し、手当も出る。放射線が健康に与える影響は長く続くことから、空襲などほかの戦争被害とは扱いが区別されてきた。被爆者の医療費などに毎年、1400億円の公費が投じられている。

 しかし、被爆者の高齢化が進むほど原爆以外の要因による病気も増える。浴びた放射線量との因果関係を明らかにするのは難しくなる一方だ。納税者である国民の理解を得つつ、維持できる制度にするとの視点も求められている。

 検討会は、平行線をたどりながらも、少しずつ前に進んできた面もある。

 今年7月の検討会では、打開策として、様々な病気と放射線との科学的な因果関係を整理して確認。これを土台に、どのような援護策が必要か、まとめの議論に入る予定だった。

 検討会委員の長瀧重信・長崎大学名誉教授は「重責を負うことになる。迅速な結論ありきでなく、科学を基盤にどの範囲を援護するか、全員の意見の一致を得ることが必要だ」と話す。

 ■「ゼロ回答」被爆者失望
 被爆者はこれまで、原爆症認定制度の見直し議論になかなか決着がつかないことに、いらだちを募らせてきた。

 「今まで(の首相)はいつまでと言わなかった」。広島県原爆被害者団体協議会、坪井直(すなお)理事長(88)は、3年近く続いた議論の「期限」を切った点を評価する。ただ、被爆者が求める認定作業のスピードアップや援護対象の拡大につながるかについては、懐疑的な見方を示す。

 検討会委員も務める坪井氏は、決着が延期されたり被爆者の思いと異なる結論となったりすれば、国との対決姿勢を強める構えだ。「(事態が変わらなければ)あの時に約束したと攻める材料になる」

 安倍首相は、原爆投下後に放射性物質が入った「黒い雨」が降った地域について、健康相談事業などを拡充する方針も示した。しかし、被爆者団体や広島市が「黒い雨」被害の援護対象の拡大を求めている問題では、政権は「(対象外の地域で)問題になる被曝(ひばく)があったとは考えられない」(田村厚労相)と、門前払いする姿勢を変えていない。

 ある被爆者団体の代表は首相との面談後、「事実上のゼロ回答だった。民主党政権時代と、結局は何も変わらない」と失望を隠さなかった。

 ■原爆症認定制度をめぐる経緯
1945年 広島、長崎に原子爆弾投下
  57年 原爆医療法施行。原爆症の認定制度がスタート
  94年 旧原爆医療法などを引き継ぐ被爆者援護法成立。新たに特別葬祭給付金を創設、諸手当の所得制限を撤廃
2001年 爆心地からの距離をもとに浴びた放射線量を算定し、発病に影響した確率を導く基準による審査を開始
  03年 原爆症認定を求め集団訴訟開始
  06年 大阪地裁で集団訴訟初判決、被爆者側が勝訴
  08年 一定基準を満たし、がんなどを発症した人を積極認定する新基準を導入
  10年 認定制度見直しの検討会始まる
  13年 大阪地裁が、新基準で認定されなかった8人の処分取り消しを国に求める判決 

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