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紙面から from Asahi Shimbun

【2014年の夏】
(核といのちを考える 被爆69年の夏)許そうとする心、刻む証人 (2014年7月24日 朝刊)

写真 国連本部で盗まれた懐中時計

写真 美甘進示さんの手元に残る懐中時計の鎖と鍵

 25年前、米国の国連本部で懐中時計が盗まれた。広島で被爆した男性の父の形見だったが、米国が落とした原爆の恐ろしさを訴える「無言の証人」として展示されていた。憤る娘に男性は言った。「憎んでも、いいことは一つもない」。いま、米国に住む娘はその教えを胸に抱き、日米の懸け橋になろうとしている。

 男性は広島市の美甘進示(みかもしんじ)さん(88)。19歳の時、爆心地から1.2キロの自宅で被爆した。焼けた自宅から見つかったのは、被爆直後に行方不明になった父・福一さん(当時63)の懐中時計。原爆が投下された「午前8時15分」過ぎを示す針の影が焼き付いていた。

 「多くの人に懐中時計を見てもらい、平和への気持ちを新たにしてほしい」。38年後の1983年、進示さんの思いが込められた時計は海を渡り、米国・ニューヨークの国連本部の見学コースに置かれた。だが、当時27歳だった次女の章子さん(52)が国連を訪れた89年5月、なくなっていることに気づいた。懐中時計の鎖と鍵は進示さんの手元に残っているが、時計が戻ってくることはなかった。

 大切なものを奪われた怒り、許そうとする心、そして和解から生まれる絆。被爆から69年。そして、懐中時計が見つからないまま流れた四半世紀の歳月は、日本が誓った平和と不戦への歩みと重なる。
(岡本玄)

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