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紙面から from Asahi Shimbun

【2014年の夏】
(核といのちを考える)「一般的に違法」割れた賛否 国際司法裁、96年の勧告的意見 (2014年7月31日 朝刊)

モハメド・ベジャウィ氏 モハメド・ベジャウィ氏=8日、パリ近郊、マリー・ギトン撮影

モハメド・ベジャウィ氏 クリストファー・ウィラマントリー元判事=スリランカ西部コロンボ

モハメド・ベジャウィ氏 ベジャウィ元裁判長用に作成された勧告的意見の原本のコピー。裁判長の署名がある=マリー・ギトン撮影

 核兵器の合法性に初めて疑問を突きつけた1996年の国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見。それが誕生するまでには舞台裏の駆け引きがあった。取材に応じた当時の裁判長と判事の証言から探る。

 ■7対7、信条封じ決定票
 96年6月末の勧告的意見に関するICJ判事の投票日。裁判長を含め計14人が項目ごとに投票していく。

 まず、国連総会の求めに応じて意見を出すことが圧倒的多数で決まった。そして、意見の核心部分「第2項E」=表参照。事前の会合でまとめきれなかった部分だ。

 ――核兵器の使用・威嚇は人道法などの国際法規に照らして一般的に違法。ただし、国家存亡に関わる極限状況において合法か違法かの結論は見送る――。

 賛否の票が読みにくいなか、投票が進んだ。

 裁判長だったモハメド・ベジャウィ氏は考えた。もともと核廃絶派で、「一般的に違法」との表現に納得していなかった。「全面的に違法」とする意見が正しいと思っていた。

 だが、信条を貫いて反対票を投じれば、核兵器の違法性を指摘する中核部分が打ち出せなくなる恐れがある。ベジャウィ氏は賛成票を入れ、7対7に割れた。そこで、裁判長に与えられた決定票を行使。勧告的意見を公表可能な形にした。

 「悪夢の選択だった」。当時の心境をそう明かした。「あの時はベジャウィ個人ではなく、国際社会への奉仕者としての立場で行動した」。本心は、勧告的意見に付属する形で公表される「宣言」に記せばいい――。そう考えた。

 「宣言」はこう記す。
 《ICJが、国際法の現状からこれ以上言えないことを、核使用・核の合法性を認める余地があるとの意味に解釈してはならない》

 《国家の存亡がかかる極限状況で、ある国が核を使用したとする。核戦争がエスカレートして、人類の存亡が危機に陥るのも事実だろう。人類の存続などへの考慮よりも、ためらうことなく国家の存続を優先するのは無謀なことだ》

 ベジャウィ氏にはもう一つ譲れないものがあった。「第2項F」=表参照=だ。
 有効に活用すれば核廃絶につなげうる国際法の規定がある。それが、核軍縮義務を記している核不拡散条約(NPT)の6条だと考えた。ベジャウィ氏を長とする起草委員会は、これを使って「核なき世界」をめざすよう勧告する構想を練り上げ、第2項Fに置いた。そこに、「解決には核廃絶しかない」との強い意図を込めた。

 ■反対の元判事「抜け穴残った」
 ベジャウィ元裁判長と同様に「反核法律家」として知られていたのが、スリランカ出身のクリストファー・ウィラマントリー元判事(87)だった。18日、コロンボで取材に応じた。

 ベジャウィ氏が賛成票を投じた「第2項E」について、ウィラマントリー氏は反対票を入れた。結果について「個人的には残念だ。核兵器は『全面的に違法』だと法廷が宣言する絶好機を逸した」と悔やむ。

 「一般的に(違法)」というあいまいな言葉や、後段の「国家存亡の危機における自衛のための極限状況では合法か違法かの結論は出せない」とのただし書きによって、「法の抜け穴を残し、核なき世界をつくるという大目標が打ち破られた」と考えたという。

 さらに「抜け穴を残さなければ、核兵器が保持されたり、(NPTが定めた核保有5カ国以外の)新たな国々が製造したりはできなかった。これらの国々に国際法違反だと非難する圧力がかかったはず」と語る。

 数週間にわたった審理では、核抑止論を掲げるフランスなどの核保有国の判事らと、ウィラマントリー氏ら途上国を中心とする判事らの意見が対立した。

 「反核」で結束する判事らは、連日賛否の票読みをした。当初15人だった判事のうち、南米ベネズエラ出身の判事が急逝。「あと1票我々の側(反対)にあれば、もし、南米の判事がいたら、結果は全く違っていた」とウィラマントリー氏は振り返った。

 核廃絶に向けて核保有国が誠実に交渉を完結させる義務(NPT6条)を盛り込み、全会一致で成立した「F項」については「勧告的意見を出してから18年がすぎているが、今でも非常に重要だ」と述べた。

 ■「為政者は広島・長崎訪問を」 元判事
 95年、当時の平岡敬・広島市長と伊藤一長・長崎市長が被爆の実相と核の非人道性を法廷で証言していた。ベジャウィ氏は核兵器の違法化に向け、「できることは何でもやろうとの思いが強まった」と振り返る。

 判事は「法の番人」。被爆地からのメッセージに動かされるものなのか。ベジャウィ氏は迷わず答えた。「ICJ判事も人間。人間である以上、政治的に信じるところを持っている。高度に政治的な問題については、法律のみでなく、自分自身の良心に基づいて意見を示すべきだと思っている」

 ウィラマントリー氏は、唯一の被爆国・日本にこそ核兵器反対のリーダーになるよう世界が期待していると強調。法廷で広島と長崎の市長が「核兵器は国際法違反」と訴えた一方で、日本政府代表が「政府見解とは別」と主張したことに触れ、「米国の後ろ盾に頼る日本政府はどっちつかずの態度だった」と振り返る。

 世界の為政者には「広島・長崎を訪れ、被爆者らの話を聞くべきだ。現実を知らぬまま、あいまいに核兵器の話をしてはならない」と述べた。
(論説委員・吉田文彦、田井中雅人)

 ■ICJの勧告的意見とその主な内容
 国連総会の要請を受け、1996年7月8日に出された。拘束力はないが、国連の主要な司法機関による法解釈として権威を持つ。国連総会に対しては、主に次の3点を回答した。

 (1)核兵器の威嚇・使用は武力紛争法、特に国際人道法の原則と規則、条約に基づく特定の義務、及び明示的に核兵器を取り扱った取り決めと、両立しなければならない(第2項D、全会一致)

 (2)核兵器の使用・威嚇は武力紛争法、特に人道法の原則と規則に一般的に反するだろう。しかし国際法の現状に照らすと、国家存亡の危機にあるような自衛の極限状況での核兵器の使用・威嚇が合法か違法かは結論が出せない(第2項E、判事7対7=裁判長の決定票で成立)

 (3)厳格で効果的な国際管理の下でのあらゆる側面での核軍縮へと導く交渉を、誠実に遂行し完結させる義務が存在する(第2項F、全会一致)

 ※審理した14判事の国籍=アルジェリア、米国、マダガスカル、ガイアナ、日本、フランス、スリランカ、イタリア、シエラレオネ、中国、ハンガリー、ドイツ、英国、ロシア

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