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紙面から from Asahi Shimbun

【2014年の夏】
(インタビュー 核といのちを考える)新しいアプローチ アレクサンダー・クメントさん (2014年8月30日 朝刊)

「核兵器を持つことが『エリートクラブ』入りという考え方を根本的に変えなくてはなりません」=林敏行撮影



核兵器使用の影響 あまりにも重大 人道的側面を見よ
 広島・長崎の被爆から来年で70年。オバマ米大統領の「核兵器なき世界」の演説は色あせ、核軍縮は進まない。核の非人道性への着目こそが突破口になるのか。12月にウィーンで「核兵器の人道的影響に関する国際会議」を催し、人道的アプローチの中核を担うオーストリア軍縮大使のアレクサンダー・クメント氏に聞いた。

 ――ウィーン会議の狙いは何でしょうか。

 「核軍縮進展の機運をできる限り高めることです。核兵器が使われた場合の健康や環境、社会秩序、経済、食糧安全保障などに与える影響は、これまで考えられてきたよりも重大で、広島と長崎の悲劇をはるかに上回るものになるとの研究結果があります。過去の核実験の影響や、核兵器が人為的・技術的エラーなどで事故を起こすリスクについての新情報も得られました。複雑な技術システムにはリスクがつきものです」

 「こうした人道的影響やリスクに焦点を当てることで、核兵器についての議論の方向性を変え、国際社会に核軍縮の緊急性をもう一度思い起こしてもらいたいのです。ノルウェーとメキシコで過去2回開かれた核兵器の人道的影響に関する国際会議と、オーストリアが主催する12月のウィーン会議での議論の結果を合わせて議長総括し、来年春にニューヨークの国連本部で行われる5年ごとの核不拡散条約(NPT)再検討会議に提起するつもりです」

 ――この夏、広島と長崎を初訪問されました。何を得ましたか。

 「長年、核軍縮を担当し、核兵器の理論や知識は豊富なのですが、被爆者の方々とお話しし、原爆資料館を訪れ、ここで何が起きたのかを想像しました。理解を深める素晴らしい経験になりました。例えば、長崎で被爆して背中に大やけどを負った谷口稜曄(すみてる)さんの写真は以前から知っていましたが、実際にご本人にお会いし、信じられない体験談を聞いて、心を動かされました」

 「広島と長崎で起きた破壊の実態と被爆者の苦難を踏まえ、人道的アプローチから核兵器を見つめるのが正しい道だと確信しました。核兵器は多くの国々にとって安全保障問題ですが、この極めて残酷な兵器は、まさに人道問題なのです。ウィーン会議に向け勇気づけられました」

 ――過去2回の「人道」会議に、NPTが定める5核保有国である米ロ英仏中は不参加でした。

 「ウィーン会議は、メキシコ会議の146カ国を上回る参加をめざしており、核保有国からも参加してくれることを期待しています。この重要な議論に関わらないのは誤りで、核保有国自身を傷つけることになる。人道的観点からの核兵器の議論は今後もなくならないし、さらに多くの国々や市民社会の関心や支持を集めるでしょう。これに関与することが自身の利益になると気づいた米国が、非常に前向きな反応を示し、ウィーン会議参加の道を模索しています。最終決定はまだですが、うまくいくよう望んでいます」

 ――核保有国や日本を含むその同盟国には警戒感が強いようです。メキシコ会議がそうだったように、核兵器の人道的影響の議論のはずが、いつの間にか核兵器を禁止するための法的枠組みの議論に「飛び火」することを恐れているのでしょうか。

 「ウィーン会議の議論の焦点は、あくまでも核兵器使用の影響やリスクです。非核保有国がこれに深刻な懸念や疑問を抱いている以上、核保有国は歩み寄って議論に加わることが重要です。核兵器の語られ方を根本的に変えなくてはなりません。外交官や安全保障の専門家だけではなく、一般の人々が理解できる議論にするのです。人道的アプローチは、すべての人を結集させるはずです」

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 ――広島・長崎でのスピーチで「NPTは深刻な危機にあり、信頼性を失っている」と指摘しました。

 「核軍縮義務について法的拘束力を持つ唯一の条約であるNPTは、今後も重要であり続けるでしょう。しかし、2010年の再検討会議で合意した行動計画はほとんど実行されていません。冷戦期につくられた信じられない数の核弾頭は、約1万6千発にまで減りました。これは重要ではありますが、一発の破壊力は広島・長崎で使われたものよりはるかに増し、軍事戦略上、核兵器は依然として重要であり続けています」

 「それどころか、資金に余裕がある核保有国は、核兵器の近代化に巨費を投じ、できるだけ長く核兵器に依存しようとしています。こうした状況を見ている非核保有国の多くが、核保有国は文書(NPTの条文)の上では核軍縮に関与していると言いつつ、行動が伴っていないことに気づいています」

 ――核拡散を食い止め、核軍縮を進めるために、NPTは依然として機能するのでしょうか。

 「核保有国の核軍縮交渉義務を定めたNPT第6条に、より重きを置く必要があります。人道的アプローチは、NPTの信頼性を再強化しようとするものなのです」

 「核保有国は、核兵器が自国や同盟国の安全保障上重要だと主張し続けています。しかし、核技術は一部の先進国だけのものではなくなり、核兵器を持つかどうかの決定は、20世紀のような技術的な問題よりも総じて政治的な問題となった。NPTの枠外の四つの核保有国(インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)に続いて、核兵器を開発・保有しようとする国は増え続けるでしょう」

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 「他の国に比べて自国の軍事力が勝っていようが劣っていようが、『力の象徴』である核兵器を持とうとする国は必ず出てくるのです。核兵器をめぐる言説が根本的に変わらない限り、核拡散は続くでしょう」

 ――核保有国は段階的に核軍縮を進める「ステップ・バイ・ステップ・アプローチ」を主張し、日本政府もこれを「現実的」と支持しています。しかし、そこには時間軸や交渉完結の期限がありません。

 「このアプローチは非常に論理的ですが、破綻(はたん)しています。例えば、包括的核実験禁止条約(CTBT)は署名開始から18年たっても発効していません。次のステップの兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約については、交渉機関のジュネーブ軍縮会議で作業計画に合意できず、交渉が始まっていません。これ以上停滞したまま、このアプローチを続けるわけにはいきません」

止まらぬ核拡散 保有国を取り込み 軍縮交渉進展を
 ――広島・長崎の市民やNGOの間では、核兵器禁止条約の交渉開始を求める声が強まっています。

 「NGOが核兵器禁止条約といった特定のアプローチを推進しているのは事実ですが、各国の立場は様々です。これまでとは違う何かが必要なのは間違いありません。人道的アプローチは、その一環になりえます。核兵器に対する見方が変わって、核兵器を使うことに疑問が生じ、その安全保障上の価値が変われば、禁止するための最善の方法を議論することができるでしょう」

 ――対人地雷や、広範囲に小型爆弾をまき散らすクラスター爆弾については禁止条約が成立しています。核兵器についても、こうした法的枠組みが成立するでしょうか。

 「核保有国とその同盟国は、核兵器に、地雷やクラスター爆弾とは比較にならないほどの安全保障上の価値を置いています。地雷は軍事上の価値に比べ、人的被害がはるかに大きいので、禁止することは比較的たやすい。一方、核兵器の場合、これに頼る国々にとって、人道的な見地からだけで放棄するよう説得するのが難しいのです。核兵器と、地雷やクラスター爆弾を単純に比較することはできないでしょう」

 「オーストリア政府は、核兵器禁止条約を含め、どんなプロセスであっても、プログレス(進展)があればいいと考えています。本来なら、ジュネーブ軍縮会議が機能し、カットオフ条約交渉が山場を迎え、CTBTが発効していなければいけません。停滞は避けねばなりません」

 ――日本政府はすでにウィーン会議への参加を表明しました。

 「日本は伝統的に核軍縮に最も熱心な国の一つです。ウィーンには日本政府だけでなく、NGOや市民社会からの幅広い参加を求めます。特に、広島と長崎の市民の声は重要です。メキシコ会議での被爆者証言は力強いものでした。ウィーンでも、その声を聞かせていただきたい。核兵器の被害を直接経験した人々の声は、これを二度と繰り返さないよう世界を教育するために、極めて重要な役割を果たすと思います」
 (聞き手・田井中雅人)

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 Alexander Kmentt 国際会議を主催するオーストリアの軍縮大使 1965年生まれ。軍縮軍備管理不拡散部長を兼務。包括的核実験禁止条約機関やジュネーブ軍縮代表部でも勤務した。

 ◆キーワード
 <核兵器の人道的影響に関する国際会議> 核兵器の使用がもたらす影響について、科学的な視点から各国が議論する場。第1回ノルウェー(2013年3月、127カ国参加)、第2回メキシコ(今年2月、146カ国参加)に続き、12月にオーストリア・ウィーンで第3回会議が開かれる。メキシコ会議は議長総括で「核兵器の人道的影響の議論は、法的拘束力のある措置を通じた新たな国際規範へと進まねばならない」「(来年の)広島・長崎被爆70年はそのための一里塚である。もはや引き返すことはできない」とした。

 ◆英文は朝日新聞の英語ニュースサイトAJWに掲載しています。 (http://ajw.asahi.com/)

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