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紙面から from Asahi Shimbun

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核なき世界へ 被爆国から 2012(3)
 元長崎市長 本島等さん

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 ■侵略行為 心から謝罪を

 長崎市長として16回、8月9日の平和宣言を読み上げました。心と体をむしばまれ続ける被爆者の悲痛な叫び、悲しみ、憤りを繰り返し訴えました。

 しかし、訴えは世界の人びとに受け入れられることはありませんでした。

 なぜか。先のアジア太平洋戦争における日本の侵略・加害が、日本と世界の人びとの間に大きな溝をつくり出し、いまも埋まっていないからだと思います。1988年に「天皇に戦争責任はあると思う」と発言して以降、ずっと考え続けてきたことです。

 日本の侵略行為を一日も早く終わらせるために原爆は有効だった――。こうした考えは日本では決して認められないけれど、海外、とくにアジア・太平洋では一般的です。原爆が投下されたのは、侵略・加害の結果だった。日本が戦争を始めなければ、原爆は落とされなかったんです。

 わたしたちがやるべきことは中国や朝鮮半島をはじめ、アジア・太平洋の人たちに向かって、心からの謝罪を続けていくことです。そうしなければ、日本人が原爆の被害を語っても説得力を得ることができません。

 毎年1月1日に平和祈念像前で座り込みをしています。今年も参加しました。人前でこんなことをする柄かな、と恥ずかしくなることもありますし、それほど効果があるとも思っていません。それでも、自分に対する約束だから、座っているわけです。

 原爆は人類の滅亡につながる兵器です。原爆投下を受けた、たった一つの国ですから、この地球上からなくすための努力を何ものにもましてしていかなければなりません。必死で追い求めているんです。(聞き手・木村司)

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 もとしま・ひとし 22年、長崎県新上五島町生まれ。79〜95年、長崎市長。天皇の戦争責任発言で90年、右翼団体の男に銃撃される。92年、市長として韓国の被爆者を初訪問し謝罪。中国人強制連行被害者らの支援も続けている。