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紙面から from Asahi Shimbun

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核なき世界へ 被爆国から2013 その2(7)  
ノンフィクション作家 柳田邦男さん   (2013年6月8日掲載)

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 ■一人ひとりの思い聞く

 高校1年の夏、アサヒグラフが載せた原爆被害写真にショックを受けました。NHKに入り、60年に初めて赴任したのも広島。多くの人からまだ生々しい体験を聞きました。「現場を歩き、人間に会う」。そういう僕の原点になっています。

 福島第一原発事故でも、現場を歩いています。ふるさとを追われた人たちの話を聞くたび、「この人たちの人生を破壊する権限が誰にあるというのか」と憤りを感じました。核兵器と原発は違うというが、命や暮らしを不条理に破壊する点で違いはありません。

 国は、経済浮上には原発再稼働も輸出も不可欠という方向に動き始めています。株価上昇の歓声の中で、福島で苦しんでいる人々の訴えと教訓は片隅に追いやられつつある。この国の品格が問われています。

 僕は問題の本質をとらえるには、命の人称性の視点が重要だと言ってきました。自分の生と死は「一人称」。愛する人の生と死は「二人称」というように。

 原爆で20万人が死んだ、原発事故で30万人が避難した。そういう数字から本質は見えてきません。一人ひとりの生身の人間の悲惨ととらえ直さなければ。

 まして核兵器は「究極の無人称」です。ボタン一つで消せる100万人はもはや人間と見られていない。しかも多くの国が核を持つようになり、危機は冷戦時代より高まっています。

 どうすれば人間は人称性を取り戻せるか。やはり被害の凄惨さ、残酷さを人々が見て、聞くことだと思います。被爆者たちは世界を回って訴えてきました。小さな声であっても、道を拓(ひら)く大切な取り組みです。

 原爆、戦争、事故、公害。命の危機にさらされた被害者たちが連帯し、苦しみ、悲しみを社会に伝える。その声を浸透させる努力は、人々の意識の変化に必ずつながるはずです。(聞き手・加戸靖史)

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 やなぎだ・くにお 1936年、栃木県生まれ。ノンフィクション作家。NHK記者を経て作家に。広島を襲った原爆と台風を扱った「空白の天気図」、二男の死を追悼した「犠牲 わが息子・脳死の11日」など。