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紙面から from Asahi Shimbun

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核なき世界へ 被爆国から2013(1)  
 歌手 城みちるさん   (2013年1月29日掲載)

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 ■私は2世、いま発信する

 こういう形で話す機会がなかったのですが、私は被爆2世です。父は、陸軍の補給や救助を担当する暁(あかつき)部隊の兵士で、比治山(現・広島市南区)で原爆に遭いました。

 大きなけがは無かったのですが、数日後、ひどい下痢をしたそうです。投下からしばらく、爆心地付近の元安橋あたりで警備などをしたというので、残留放射線も浴びているはず。その影響か、昔から白血球の数値が異常に低かった。

 父が死んだのは5年前。胆管がんで、81歳でした。死の直前、実家に残していた被爆体験記を見つけました。400字詰めの原稿用紙で20枚ほど。大量の犠牲者、焼け野原になった広島、原爆投下から4〜5日間の行動が生々しくつづられ、胸が詰まりました。

 「イルカにのった少年」でデビューし、アイドルとして多忙だった10代後半では、自分が平和や原爆のことに言及するなんて想像できませんでした。東京の人たちは原爆について、あまり知らないんだな、とは感じていましたが。

 7年前、父ががんになってから徐々に気持ちが変わってきました。ボランティアで全国の老人ホームを回り始めた。780カ所ほどでコンサートをしましたが、父と同世代の人に喜んでもらえるのがうれしくて、今では生きがいです。

 8月6日の平和記念式に足を運び、祈りを捧げるようになったのも父が他界してから。被爆2世として何が出来るか、という思いがだんだん強くなる。僕も年を取ったのでしょう。

 広島には2世の会がいくつかあるのですが、政治色も見え隠れする。幸い僕はこういう職業で、組織に入らなくても考えを発信できる機会がある。今後はもっと個人でも、平和や原爆について発言していきたい。

 広島には、最後の核実験からの日数を示す「地球平和監視時計」があります。ここ最近、アメリカの核実験で、何度もリセットされました。オバマさんの「核なき世界」の演説があった時、広島の人間としてとてもうれしかった。それだけに今は、あの時計を目にするたび、「一体何だったんだ」とため息が出ます。

 それから原発。広島と長崎で多くの人が殺されたのに、その核を使って発電する政策は、今思えば間違いだった。最初の原発が出来る前に、原爆を落とされた国なんだから、そういう議論をもっとすべきだった。日本の高い技術力をもってすれば、代替エネルギーでまかなえる。全原発をなくすのが2030年代でも遅すぎると思います。(聞き手・後藤洋平)

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 じょう・みちる 1957年、広島県音戸町(現・呉市)生まれ。歌手。オーディション番組「スター誕生!」のチャンピオンになり、73年にデビュー。現在はコメンテーターとしても活動している。