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紙面から from Asahi Shimbun

聞きたかったこと

 「聞きたかったこと」は、朝日新聞広島県内版で2008年4月に始まりました。記者が被爆者の人生をたどり、その思いを聞いています。被爆者としての人生を強いられた人の言葉は、「核時代」を生きる私たちの警句でもあります。東日本大震災を経ての思いにも迫ります。原則週1回の掲載で今も続いています。収録にあたって、年齢・肩書は掲載時のままとしました。

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    詠み続ける 友のため  梶山 雅子さん(76) 

     碑(いしぶみ)に並ぶ被爆の友の名を読むときひとりひとりの面影
     上空で炸裂した原爆は、建物疎開作業に集まっていた県立広島第一高等女学校(県女)の1年生約220人の命を奪った。盲腸手術の傷跡が癒えず、自宅で休んでいた梶山(旧姓・中本)雅子さん(76)=呉市=を残して。生き延びた自分をずっと責め続けてきた梶山さんの背を押したのは親友の母親の言葉だった。亡き級友の声なき声を語り継ぐため、母校の慰霊碑に通い、短歌を詠み続けている。……

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    声にならない思い朗読  中村 妙子さん(79)

     6日、国立原爆死没者追悼平和祈念館(広島市中区)のロビー。「息子よ」。低い声で読み始めた同館の朗読ボランティア中村妙子さん(79)=府中町=の顔が大きくゆがんだ。それまで何度も記者に話してくれた時の愛くるしい表情とは違った。その詩は、被爆した子への思いを込めた母親がつづったものだ。中村さんも被爆し、幼いいとこの兄弟を亡くした経験がある。他人の体験を音声にすることで、言葉にならない自らの思いを伝えている。……

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    二つの爆心地 兄と子奪う  伊東 次男さん(74) 

       「どんな理由があろうとも、人を殺(あや)める武器は絶対になくさなくては」。伊東次男(つぎお)さん(74)=広島市安芸区=は7月13日、平和記念資料館で、ニューヨークから来た10人の教員たちに語りかけた。  2歳上の兄を広島の原爆で、35歳の長男をニューヨークの同時多発テロで亡くした。家族を奪った二つのグラウンド・ゼロ(爆心地)。丈が微妙に違う長男のスーツを着てきた伊東さんは「それでも、人は憎しみ合ってはいけないと思う」と声を強めた。教員たちは目頭を押さえた。私のペンも震えた。  もっと話を聞かせてほしい。私の勝手なお願いを、伊東さんは受け入れてくれた。……