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紙面から from Asahi Shimbun

聞きたかったこと

 「聞きたかったこと」は、朝日新聞広島県内版で2008年4月に始まりました。記者が被爆者の人生をたどり、その思いを聞いています。被爆者としての人生を強いられた人の言葉は、「核時代」を生きる私たちの警句でもあります。東日本大震災を経ての思いにも迫ります。原則週1回の掲載で今も続いています。収録にあたって、年齢・肩書は掲載時のままとしました。

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    残酷さ 絵でも見せぬ  西谷 勝輝さん(69)

     展覧会の取材で知り合った画家の西谷勝輝(まさき)さん(69)=広島市安佐南区西原2丁目=から、被爆体験があると聞いた。私の中では、西谷さんが描くヨーロッパや日本の風景画と原爆は、なかなか結びつかない。原爆は西谷さんの絵にどう影響したのだろう。話を聞かせてほしいと頼んだ。……

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    傷恥じ、夜の海泳いだ  宮重 年明さん(81)

     被爆のことは胸にしまっておきたい。話せば記憶がよみがえる。広島市安芸区矢野東の宮重年明さん(81)は、そんな思いを持つ一人だった。でも――。残された生の時間、そして大飯原子力発電所(福井)の再稼働。「もうそろそろええんじゃないかと思おて。こらえて、こらえて、ぐーっとこらえてきた原爆への思いがあるんじゃ」。電話の向こうの声は、優しくも、強い意思を秘めていた。 ……

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    「黒い雨」続く苦しみ  隅川 清子さん(77)

    被爆から67年たった今でも、原爆直後の「黒い雨」の援護を見直す検討会が厚生労働省で続いている。黒い雨に打たれたが援護地域外だったために被爆者健康手帳を持たず、何の援護も受けられないまま生きてきた人がいることを、取材の過程で知った。話を聴かなければと訪ねた。……

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    「おばけ」にショック  寺前 妙子さん(81)

     「わからないですか?」。広島市安佐南区の寺前妙子さん(81)は左の義眼を指さし、「原爆で、おけがはありませんでしたか?」という私の問いに答えた。生き残ったものの顔を奪われ、数々のがんや白内障に見舞われた。「これほど時間が経っても、ふとした瞬間、あの日を思い出す。忘れることが出来ないんです」。当時15歳の少女だった寺前さんは語り出した。……

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    異国で語るヒロシマ  ランメル 幸さん(75)

     旅先のカナダに、最近になって被爆体験を語り始めた女性がいると聞き、会ってみたくなった。バンクーバー市の北約40キロ、スクアミッシュ市に住むランメル幸(さち)さん(75)。連絡した翌朝、カナダ人の夫の車でバンクーバーのカフェに足を運び、心境を語ってくれた。……

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    避難促す父、救った命  佐藤 敏彦さん(71)

     福山市の佐藤敏彦さん(71)は被爆当時4歳だった。「あと1歳違えば、もっと覚えているんでしょうが」と、ぼんやりとかすむ記憶の底を探りながら、被爆と父の記憶を語り始めた。……