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紙面から from Asahi Shimbun

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聞きたかったこと
たんぽぽ、命の模様 東広島市 川村淳子さん (80)
(2010年10月6日 朝刊)

写真 川村淳子さんが10年前に初めて手がけた、ろうけつ染め。たんぽぽの綿毛が風に運ばれる様を表現し続けてきた=東広島市八本松宗吉

写真 1947年ごろの川村(旧姓・堀内=当時)淳子さん

 「『たんぽぽさん』と呼ばれるんよ」

 川村(旧姓・堀内)淳子さん(80)=東広島市=の自宅には、染料がにじむのをろうでふさぎながら布に模様を描く「ろうけつ染め」の作品が10点ほど並んでいた。たんぽぽの綿毛を描いたものばかり。理由を尋ねると、「恥ずかしくて誰にも言わないんだけど」とはにかみながら教えてくれた。「弟は、綿毛のように生きたいところで生きているって思うのよ」

    □

 1945年8月6日、県立広島第一高等女学校(県女)3年の淳子さんは、爆心地から2キロの広島市観音町(現・西区)で被爆した。学徒動員先の印刷工場だった。午前8時15分、朝礼中にものすごい爆発音が響き、耳と目を手で押さえてその場に伏せた。目を開けると、砂ぼこりで辺りは薄暗くなっていた。

 黒い雨が降り出した。無差別爆撃を前に、米軍がまいた油なのか。「焼夷(しょうい)弾が落とされ、一面焼け野原になる」と思った。近くの畑のハスの葉を傘にして懸命に駆けた。

 己斐(現・西区)の小屋で一夜を過ごし、翌朝、千田町(現・中区)の自宅へ向かった。爆心地から2キロの家は全焼していた。2人の兄と父とは再会できたが、一緒に外出していた母と、4歳下で国民学校6年だった弟の誠(まこと)君はともに行方不明だった。

 宇品(現・南区)の救護所で次兄が母の書き置きを見つけた。弟と2人、沖合の似島に運ばれ、このうち母だけが小屋浦(現・坂町)へ移されたことがわかった。

 8月10日、父、兄2人と一緒に小屋浦へ向かい、国民学校で母を見つけた。うつぶせに寝かされ、背中は焼けただれていた。母が後に語ったところでは、誠君は似島で息を引き取り、そのまま火葬されたという。骨の行方もわからずじまいだった。

 長兄は母に付き添い、背中にたまったウミを懸命に取った。母が何とか動かせる状態になった11月、父は「70年間、草木も生えない」と言われた広島を離れることを決意。いったん尾道へ移った。

 尾道に着いたその夜、長兄が急死した。あの日、自宅で被爆した兄は、顔が腫れ、鼻血が止まらなくなっていた。

 一家は47年、広島へ戻った。県女を卒業した淳子さんは県議会事務局に就職した。

    □

 忘れられない光景がある。8月6日、母が朝食に出した桃を食べずに家を出ようとする淳子さんを誠君が玄関まで追ってきて、「食べてもいい?」と遠慮がちに尋ねた。淳子さんは「ん」とあいまいな返事をしただけだった。

 自分の顔色をうかがうような弟の表情が目に焼き付いている。しっかりした子に育てようと、普段から厳しく接していた。あのときも快くうなずくことができなかった。

 兄から誠君の死を聞いた時は泣き崩れた。あの会話が最後になるとは夢にも思わなかった。「もっと優しく、かわいがってやればよかった」。悔いが残った。

 52年に結婚して退職。1男2女を得た。子育てが一段落した2000年、県女の先輩に勧められてろうけつ染めを学び始めた。初めて本格的な作品に取り組もうとした時、なぜか真っ先にたんぽぽの綿毛を描きたいと思った。

 1カ月かけて仕上げた作品は展覧会で入選を果たした。その後、月や太陽にたんぽぽの綿ぼうしが照らされている作品にも取り組んだ。綿毛が風に舞っていく姿を、無性に表現したかった。

    □

 2年前、県女の友人と話していて興味を覚えた絵本「葉っぱのフレディ」を買った。

 木の葉っぱとして生まれたフレディは、自分が散って死んでしまうことを恐れる。だが冬に枯れた後、葉は土に溶け込み、木を育てる力になるというストーリー。「“いのち”は永遠に生きている」という一文を読み、淳子さんの脳裏に誠君が浮かべた。「フレディをろうけつ染めにしよう」。たんぽぽ以外を描くのは初めてだった。

 大きな木と葉っぱをあしらった作品は昨年完成した。制作している途中、「誠の“いのち”もフレディのように永遠に生きている」と思えるようになった。

 たんぽぽを描いている時、淳子さんは綿毛の姿も飛んでいく方向も無意識にバラバラにしていた。綿毛が風に吹かれて散る様子が、生きているように見えていたからだ。

 「弟がいたんだ。やっぱりそうなんだ」。フレディの物語を知って初めて、淳子さんは、綿毛にも誠君の姿を重ねていたことを悟った。

 「どうしてそこまで弟さんのことを」と私が尋ねると、「だって、『さよなら』してないじゃない」と淳子さん。弟の遺骨すら見ていない。「どこかで生きているかも」。そんな思いが断ち切れないことも明かしてくれた。

    □

 今年9月、淳子さんはフレディの2作目を完成させた。大木の葉っぱに生まれたフレディが、真夏の日差しを浴びて輝いている。あと数年かけて、秋、冬、春のフレディも描くつもりだ。

 「『春』が完成したら、悔いなくろうけつ染めをやめられる」と川村さん。4枚のフレディがそろった時、「“いのち”は永遠に生きている」というメッセージを人にも伝えられると思うからだ。構想中の「春」では、フレディの生まれ変わりの大木の下で、たんぽぽの綿毛が風に舞っている。

 (山下奈緒子)