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楽しいな! 段ボールの家 |
恥ずかしながら狭い、いや狭苦しい私のアトリエで、わが妄想と言うか、ときどき本当に現実かと思えるほどのリアルな夢を見るのです。多分、これは心理学的に言えば閉所ならぬ狭所恐怖観念で、狭さに対するコンプレックスの反動のような夢です。
いつも同じ情景の、広い、いや、だだっ広い空間が現れます。わが事務所が広すぎ、あの部屋、この部屋の掃除や改装をどうしようかと悩む夢です。あちこちが妙にだだっ広く、エントランスもアトリエも広すぎて働く人の姿もまばらで殺風景。私の製図台と言えば向こうが見えないほど大きく、その上の大きな紙に雄大にスケッチをし、よく見るとスタッフがその回りを取り囲んでいるのです。
しかも私の所長室に入ると、そこはまるで家具センターのショールームのようにソファが並んでいて、来客が来るとどこに座っているのか探すほどなのです。さらに、なぜかどこかに分室のような事務所があり、それは本当に見たことがあるようなリアルな貸しビルで、それをそのまま放置しておくのがもったいなくてその使い前に苦慮すると言ったもので、はっと目が覚めるのです。間違いなくそれは夢なのですが……。
ところが次の夜に眠ると、これまた不思議なことに同じ巨大な家具センターのようなアトリエに戻るのです。これはまさしく幻覚であり、夢想にすぎないのですが、今では夢の中のほうが“現実”のように思えてきます。すると、不思議なことに実際の狭い私の事務所へ来るとホッとするのです。
もともと私は小さい頃から狭い空間が好きだったようです。広く大きな空間に住めないからといって、強がりを言っているのではありません。よく子どもたちがやるように、小さな段ボールの家をつくり、その中にキッチンなどの各コーナーをつくって、それがまるでわが隠れ家のような気分になって一日中遊んだものです。ついには裏の赤土山に洞穴を掘って、まるでかまくらのような小さな家に見立て、そこで夜を過ごそうとして心配した親たちに大目玉を食らったこともありました。
いま思えばこれが家を持つ人間の本能のようなもので、小さな子ども心に興奮を覚え、優越感に浸ったことを思い出します。そのとき、その小さな洞穴が大きな大宇宙のようにも思え、それが大人になって茶室の精神と通じることを知り、幼心にそれを体感していたのかもしれません。
狭さには、茶の湯にある小空間から大宇宙に広がり、そのまったく逆になんと閉所恐怖症なるものが同時に介在するのです。例えば動いているエレべーターが突然、階の途中で止まった場合とか、開くはずのトイレのドアが開かなくなった場合など、人々は突如として閉塞(へいそく)感を感じ、パニック状態に陥ることもあるのです。
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