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現在の鴨川と加茂大橋(手前)、下鴨神社(奥の森)を見る=私設計のマンションのテラスより |
住まいや文化を語るとき、どうも京都を例にしてしまいがちで、地方都市にお住まいの方からお叱りを受けるのですが、その京都の1000年の歴史はあらゆる文化の、その変遷を含め、今も残されているのです。その文化はたとえ極東の島国といえども、古く諸外国との交流があり、異文化の交流もあって不思議はないのです。
しかし、それほどの長い間、「衣」「食」の原点が大きく変わっていないのは、独特の風土と文化に独自性があったからです。特に「住」においては、農村地帯に住む人も都市の密集地に住む人も、さらに多雪地帯に住む人も常夏の沖縄に住む人も、皆それなりに1000年以上も前の先祖たちが築いてきたことを、ほぼいまだに大切に守っているのです。まさにそれは日本人の「住の本心」なのです。
それをある日突然、わずか40〜50年の間に建築家や技術者がツーバイフォーだ、外断熱だ、24時間換気だなどという、原点をひっくり返すほどの住宅の革命が起こるはずがありません。
住まいの設計をしていますと、「このあたりは夕方の西風が気持ちいいんじゃ!」などと、古くから暮らしているお年寄りの意見の方がよっぽど参考になることが多いのです。そこで、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず……」です。この絶対的な真実の絶妙口調で始まる「方丈記」は、現代の都市に住む私たちにもいろいろと示唆を与えてくれます。
下鴨神社の禰宜(ねぎ)の曹司として比較的豊かな家に生まれながら、長明の文脈は実に庶民的で現代にも通じる合理的な“生活思想”の上に成り立っていることが分かります。800年もの時がたった今も、新鮮に聞こえ納得することばかりなのです。長明は宮中歌人として才能に恵まれていたものの、鎌倉幕府の栄枯盛衰に世の無情を感じて出家、日野の山の方丈の庵に閑居し、そしてこの小宇宙を発見するのです。
「方丈記」はここで生まれるのですが、家を考えるとき、 住まいの原点を見るとき私たちにどれほど多くのものを教えてくれたことでしょう。一丈四方、あの四畳半ほどの小さな庵で、世界いや大宇宙へと誘ってくれるのです。
その数百年のちに開花する茶の湯の茶室や庵の小宇宙思想は、すでにこの鎌倉の時代に培われていたと思うと、鴨長明の生活思想にあらためて驚かされます。さらに、現代の都市の生活に通じるところも多いのです。
そう、住まいは広さではなく、その内容であり、大きな家はその経済が大変となる。ではと郊外のはるかかなたに引っ越せば、家は広くなるものの世間が狭くなる。まさしく“狭さの三すくみ”です。結局、狭くても楽しく住める、そう狭苦しさから「苦」を取り去り「楽」にし、さらに楽しく住めればいい。“狭楽しく住む”のです!
これこそが方丈記から私が学んだことでした。なんと鴨長明は現代の都市での狭い家の生活術を暗示をしていたのです。なるほど、今日も昨日と違う水がとうとうと鴨川を流れているのです。