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坐漁荘の屋根の梁の仕口をクロスした火打ち梁 |
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坐漁荘の仕口と火打ち梁の見取り図 |
和室は必ずしも畳の敷いてある部屋とは限りません。反対に畳が敷いてあれば和室とも言えません。和室は和のしつらえであり、和の心です。板の間であろうがカーペット敷きであろうが、板一枚の置き床でも和の心の部屋、すなわち和室になるのです。
和室は基本的に坐式(座式=座敷ではなく座る式)生活です。今流に言えばフロアライフですが、フローリングなどの床に洋風のインテリアであっても靴を脱いで坐式で暮らせば、これもやはり和の感覚の部屋となります。このフローリングの部屋にちょっと床を上げて畳を敷いたコーナーがあると、壁・天井とも洋室のインテリアが続いても、“和の空間”すなわち和室となるのです。
そこは畳のにおいがして、書の掛け軸が似合い、ちゃぶ台も自然で、床の間も床柱も自然です。もちろん障子も襖(ふすま)もすべてしっくりします。気が付いたら着物や作務衣を着てみたくなりました。一輪の生け花にも気合が入ります。不思議ですね。気が付いたら日本人になっているのです。これが世界のどこにもない日本の家、「和」の家の魅力なのです。
当コラムと同じくアサヒ・コムの「住まいページ」に掲載中の「世界のウチ」著者の柳沢有紀夫氏(オーストラリア)や飯尾響子さん(ペルー)ら、世界の各地に在住の26人にも及ぶ皆さんによる世界の家の新鮮情報は、毎回貴重なものばかりです。しかもナマの海外生活の中で、皆さんが共通して日本人であることの視点で世界を、そして日本をきちっと見ていらっしゃることに感動させられ、また海外在住経験の浅い私には瞬間の真実を教えられることが多いのです。この視点は海外在住の読者の皆さんから寄せられる多くのメールも同じです。
そんな中、明治の元勲、西園寺公望(きんもち)公爵(1849〜1940)の別邸「坐漁荘(ざぎょそう)」が新設復元工事された静岡・清水に行って来ました。「坐漁荘」とはまさしく家から座ったままで釣りが出来るなど、思いも付かない最高の発想のぜいたく別荘住宅で、まさに日本の粋なスローハウスの典型と言えましょう。
残された図面もろくにない大正時代の「坐漁荘」の新築復元と言う大変難しい工事現場を2年ほど前に見学させていただいたのです。この「坐漁荘」はすでに昭和46年(1971年)に愛知県犬山市の明治村に移築公開されている貴重な大正建築の一つですが、その忠実な再現をする木造工事のありさまは大変感動させられるものでした。工事の担当は地元の菊池建設で、社長の中尾由一氏の木造建築への熱い思いを聞き、また氏との出会いで私の憂える木造住宅の将来も明るくなった記念すべき日ともなりました。
同氏はオール桧(ひのき)で1000万円!住宅を売り出して驚かされましたが、いろいろ聞いてみますと、まず材料は化粧柱などの桧材や梁(はり)などの地松を除き、主要構造はもとより細い垂木(たるき)材まで国産材の桧を用い、その桧材は有名材ではなく、自らの足でよく育った桧の山を探し、切り出し、それを自社の工場で製材して使うというのです。なるほど、これならローコストの桧の家が建ちそうです。
そしてさらに恐れ入ったのは大工さんの養成です。製材やプレカット、さらに造作材など工業化が進み、腕の良い大工さんが激減しています。それを憂えて自ら昭和63年(1988年)に本格的木造軸組み工法を教える学校「日本建築専門学校」を設立、プロの大工さんが教授となり伝統の技術を教えているのです。まさしく元祖ものつくり大学なのですが、すでに開校17年余を過ぎ、多くの棟梁(とうりょう)を世に送り出しています。
こうして、本格的木造(本格的と言わなければならないことが気に入りませんが……)の「坐漁荘」は新築復元されたのです。そしてこの建物は、あっと驚くほど面白い構造になっていたのです。数寄屋造りの高度な造作はもとより、構造は大梁のつなぎ部分を1本の面皮付きの通し柱で支えているのですが、その補強のためにさらに対角線状の火打ち梁(ひうちばり)で屋根全体に大きな三角形をつくっているのです(イラストと写真を参照)。
これで1本の柱に集中する屋根の荷重と、海からの強風の応力を反対側の左右の柱に均等に分散し、しかも屋根のひずみを抑え、建物全体を強靭(きょうじん)なものにしているのです。しかもその斜めの材にさらにクロスするように梁を載せ、それで屋根全体を支えるという複雑な手法です。それまでの木造では筋交い(すじかい)や火打ち梁などで三角や斜めに構造を支えたり、補強したりすること自体が珍しいことなのです。
これによって仕口(しぐち=木と木の組み合わせ部分)が1カ所に多く重なって弱くならず、しかも多少のアローアンスも生まれ、柔軟性のある木組みが構成されるのです。海浜に建つ特殊性から、台風や地震に対して粘りのある構造となっていたのです。これは地震の多い現代の建築にはもとても参考になるものでした。
私はこれを「吸震構造」と名づけ、「和」の建築技術の特徴を生かした「仕口の粘り」として現代の木造住宅に生かさせていただいているのです。