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どんどん高層ビルが建つ東京都心のイメージ |
毎年9日10日前後と言えば、二百十日から二百二十日にかけての台風シーズンです。このころ決まって大型の台風の一つや二つがやって来るのです。
なんと言っても予告もなくやって来る地震が一番怖いのですが、その次に怖いのが風と雨の台風です。なぜ2番目かと言えば、地震に比べると予報が可能で、避難したりある程度の準備ができたりするからです。しかし、強風や洪水あるいはがけ崩れなどで思いがけない大災害を引き起こすことも多いのです。
40年前の昨日、すなわち1965年9月10日、四国・高知県の室戸岬で日本の観測史上最大の風速毎秒69.8メートルの強風が記録されました。これを時速に換算すると、実に250キロ! あのごう音とどろかせて走る新幹線「のぞみ」を追い越しそうな猛スピードの風なのです。この台風の強さは地震の震度と同じように、中心気圧と最大風速をもとに5段階に分類されていて、最も強い“強烈な”台風の最大風速が毎秒55m以上と言うのですから、この日の風はそれをはるかに上回る最大級だったことが分かります。
さらに記録的な台風と言えば、1934年9月21日にこの室戸岬に上陸した「室戸台風」で、気圧はなんと史上最低の911.9ヘクトパスカルを記録。大阪から三陸沖に抜けた超大型台風で、死者・行方不明者3000人を出したのです。
その後、1959年9月26日の「伊勢湾台風」は潮岬に上陸し、名古屋の西から富山を経て三陸沖に抜け、このときは不運にも満潮と重なって高潮によって5000人もの死者・行方不明者が出ました。このとき私は愛知県岡崎市にいて、この超大型台風の威力を直に体験したのです。わが家の畳が吹き上がり雨戸を吹き抜かれた家を捨て、瓦やトタン屋根がぶんぶん飛んで来る中を座布団を頭からかぶり、必死の思いで裏の家に避難したのです。
先月末、アメリカのルイジアナ・ミシシッピ両州を襲ったハリケーン「カトリーナ」はそのやさしい名に反して、なんと風速80メートル、時速300キロにも肉薄。室戸台風をしのぐ910ヘクトパスカルの低気圧となり、海面を吸い上げて満潮時に8メートル以上の高潮を起こし、まさに伊勢湾台風を思い起こさせる大被害を招いたのです。まさしく二百十日は日本だけのものではなかったのです。
この二百十日には、もっと恐ろしい出来事が起こっています。雨も風も地震もない晴れた朝、晴天の青空の中を2機の旅客機が突然、ニューヨークの摩天楼を直撃したのです。誰も夢にも想像したこともない狂気が、何の罪もない生身の乗客を人質に大勢の人が働くオフィスビルに突入するという犯行が、組織的かつ計画的に実行されたのです。いかに憎しみや恨みを持とうとも、人としてここまではやってはならない! そんなことが現実に起こってしまったのです。4年前の9月11日、その瞬間、恐怖の中で亡くなった多くの人々の悲鳴とうめきが今も聞こえて来ます。
あまりにも簡単に崩落してしまった2本の巨大な摩天楼のがれきの山を目前にしたとき、暴風や地震などに対し、強靭(きょうじん)で粘りのある構造や消火設備、さらには避難経路の確保など、少しでも安全にと建物を設計している一人の建築家として身が震え、いつまでも止まりませんでした。これは防ぎようもない新たな災害、いや卑劣な犯罪で、そしてその反動はイラクに移り、4年たった今もテロは続き、つらく絶望的なままです。
同じ「9・11」の9月11日は、わが国では「公衆電話記念日」と言うそうです。1900年(明治33年)のこの日、最初の公衆電話が上野駅と新橋駅に設置されました。交換手を呼び出し、お金を入れてつないでもらうという方式だったそうです。それから100余年、今はあの9・11の激突寸前の機中から最後の悲痛な通話があったという、ケイタイの時代です。それほどに電話は進化し普及したのです。そんなことから公衆電話の利用は減ってどんどん撤去され、今、お年寄りや子どもたちには大変不便な時代ともなっているのです。
あの阪神淡路大地震では電話や携帯の回線がまったく通じず、停電で充電もできず、情報化の時代に慣れた人々の不安のさなか、唯一、公衆電話が通じたといいます。改めて緊急時や災害に強い公衆電話のありがたさが身に染みた、と言う人も多いのです。
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