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「踊る阿呆に見る阿呆」の熱狂的な躍りの阿波踊り(筆者撮影) |
毎年この8月の初旬は偶然にも悲しいできごとが重なって、そしてお盆をむかえるという普段とは違う精霊のみ魂を供養する霊験あらたかな時季なのです。
お盆はもともとサンスクリット語のullambana盂蘭盆(うらぼん)経から、苦しんでいる亡者を救うための仏教経典の仏事で毎年7月15日に行われ、日本の魂(みたま)祭りとも重なり祖先の霊を祭る仏行事となったといわれているのです。
各地で迎え火、送り火、盆踊りなどいろいろな行事があり、もともとは7月15日であったものが、ちょうど繁農期を避けた月遅れのお盆が多く、8月13日から15日に行われるところが多いのです。またこの時季は全国的に盆休みとなり、年の瀬のように実家に帰省し祖先を供養する風習となったのです。従ってこの時は大工や職人は大挙して各自の田舎に帰ってしまい現場はお休みとなり、私たち設計者も休まざるを得ないのです。
毎年この盆前の季節になるとなんともやるせない気持ちになるのは私だけなのでしょうか。1945(昭和20)年の終戦間際の8月6日午前8時15分、広島市に人類初の原子爆弾が投下されたのです。
米軍のB29爆撃機「エノラゲイ」は生身の市民が住む本物の都市の中央に爆心地を決めて投下したのです。一瞬にして半径2キロ以内の建物と人々は蒸発するように全壊焼失し、後に原爆症などで総計14万人以上の人が亡くなったと言われているのです。しかもその後も毎年多くの人々が白血病などの原爆症で亡くなり、総死者数は20万人を超え、さらに被爆者は36万人とも言われ、長年にわたって多くの人が苦しんだのです。
さらにその3日後の8月9日午前11時2分、今度は同型爆撃機「ボックスカー」により広島のウランとは違うプルトニウム原爆が長崎に投下され、約7万人の市民が一瞬にして亡くなったのです。まさに両爆弾の威力を実験したとしか思えないやりかたで、核爆発や放射能汚染がいかなるものか、時の米国の科学者や米軍はそのことを認識したうえで威力を確認したかのようなのです。事実、多くの科学者が被爆地を訪れて調査し、そのあまりの悲惨さに彼らが罪の意識にさいなまれ、胸を痛めたといいます。
6日、広島では犠牲者の霊を慰め、世界の平和を祈念する式典が行われ、その夜、市内の各川で燈籠(とうろう)流しが行われます。
そして、3月10日夜の無数のB29爆撃機による東京大空襲の10万人以上の犠牲者、6月の沖縄島民十数万人の犠牲などに加え、広島、長崎両市のおびただしい数の犠牲者の上で終戦を迎えるのです。
今思えば終戦がわずか半年、いや10日間早ければこの原爆投下もなく、何十万の人が助かったかも知れないと悔やまれます。広島・長崎、そして各地で被災された多くの犠牲者の方々に心から哀悼の意を称させていただきます。
そして今もただひたすら家族の幸せと平和を願い、いかに地震や災害に強い家にするか。あるいは最悪の地震にあっても家族が生き残れるようにするかなど、限られた予算の中で構造や安全強化に努め、リフォームの際にも簡単に補強できる耐震システムを研究開発もしているのです。なぜなら生活の場である住まいの安全は、街のそして国の安全となるからです。
1985年8月12日、日航機が群馬県御巣鷹山に墜落、死者520人を出すという痛ましい事故が起こり、8月15日の終戦記念日と毎年のお盆は偶然にもこうした慰霊祭のようでもあるのです。引き続き、台風シーズン、1923年に関東大震災があった9月1日の防災の日、そしてニューヨークの9月11日と、「平和と安全の強化」を改めて考え、そしてそれを実践する月間なのかもしれません。
こんなさ中、今年も週末の12日から阿波踊りが始まります。天正15年、すなわち1587年、徳島城落成のお祝いに町人たちが城内に踊って入ったのが阿波踊りの起源ともいわれているのですが、理由はともかく15日までの4日間、「踊る阿呆(あほう)に見る阿呆」の熱狂的な踊りが繰り広げられるのです。何もかも忘れてひたすら踊る興奮は老いも若きも健康的で精神衛生上も大変いいものです。さあ、皆さんも一緒に踊りましょう。
引き続き、家相や寝室などホンネのアンケートを行っています。回答者の方にもれなく拙著など記念品を差し上げています。筆者の事務所のホームページ「創業40周年記念プレゼントアンケート」からお答えください。集計結果は本コラムにて発表致します。