現在位置:asahi.com>住まい>いい家いい家族> 記事 PR 住まいの最新情報「家相」は家づくりの手引書2007年12月16日 筆者の生家は100年をゆうに超す家でした。幸いにして空襲からまぬがれ、その家で育つことができました。南入りの広い玄関は三和土(たたき=叩き*)の土間で、右脇に大きな洞穴があり、もみ殻に包まれたサツマイモやジャガイモなどが保管されていました。左は一段低い上がり縁をはさんで店と呼ぶ8畳の畳の間があり、その右角に黒光りする一尺角の大黒柱が悠然と立っていました。
かたく黒い土間は裏の勝手へとつながっていて、勝手には「くど(へっつい)」があり、そこで薪がたかれ、釜が煮立っていました。その湯気も薪の煙も屋根裏に吸い込まれ、梁(はり)や母屋(もや=屋根を構成する木組み)は煤(すす)で真っ黒になって、子ども心に、果てしない宇宙のような感じがしたものです。毎年、今ごろはその奥の土間でせいろで蒸した糯米(もちごめ)を石臼でついて正月の支度をしました。この季節になると大学で東京に出てきた私に祖母が(私はばあちゃん子なもので)毎年、「いつ帰るのか?」と手紙で催促してきました。それによって餅つきの日取りを決めるためでした。 半世紀以上たっても不思議に、そのときの空気の匂い、肌ざわり、そして情景を昨日のことのように覚えています。とくにくどや土間、さらに流しや神棚をいつも清め、お供えをして手を合わせる祖父母を見て育ち、住まいのあちこちに何か霊的なものがひそんでいるような感じがしたため、今でもそれを大切にしようとする気になります。 今、親たちはそんな家の価値や力を子どもに教えているのでしょうか? 私はその意味からも「家相はある!」と感じているのです。どんな家にも歴史があり、その家で曽祖父や曽祖母たちが生き、そして死んで行ったところでもあり、なにより自身が生まれ育った家だからこそ重みがあります。 このことを未来に置き換えて考えて見ましょう。今、家を建てる私たちがそのはじまりとして、そこにわが子や孫たちが生まれ育ち、そのまたひ孫たちが子々孫々、生きて行くのです。自身もいずれ年を取り、その家の祖先の一員となり、また子孫に敬い、尊ばれることになります。家づくりはそんな思いから大切にされ、家相はそのための教本とも言えるでしょう。大先輩である清家清氏が「家相は科学」、「健康や安全の統計的な環境学」と論じたほど、家づくりの手引書の役割を果たします。 実際に、私たちの生活には土地の気候や方位が深く関わり、単に物理的な方位だけではなく、不思議な運命的な意味や力があります。方位についてよく引き合いに出される、高松塚古墳の四方に描かれた彩色壁画の白虎や玄武のように、方位は色や地形にも象徴され、縁起にもなっています。 すなわち、赤は南方位で朱雀(すじゃく)。平野か池に例えられます。白は西方で白虎(びゃっこ)、すなわち道。現代は高速道や鉄道か。黒は北方の亀の玄武(げんぶ)、すなわち山。そして青は東方の青龍(せいりゅう)、すなわち川。1300年以上も昔から都市づくりや城づくり、さらにはこうした墓づくりの「良相の方位」が縁起としてあがめられてきました。現代の国技館の土俵四方の赤房、白房がそれです。 さらに子・丑・寅……など十二支と連動して、子(ね)が真北の方位で、子の刻、すなわち深夜0時、その隣の丑(うし)と寅(とら)が午前2時、4時で、方位は北東。これが丑寅(うしとら)の「鬼門」で、この方位は昔から忌み嫌われ、まるで不気味ななにかがうごめいているような気がします。 前回のイラストのように、これら各方位が15度ずつ24に細かく刻まれた「方位盤」と住まいの各部位の配置の良否をチェックします。私が育った家もまさにその通りの配置となっていて、実際、湿気の多い浴室は家の中にはつくってもらえず、雪が降る寒い日でも浴室やトイレに行き来するのがとても辛かったことを覚えています。 現代の2階建ての家やマンションでは、トイレが水洗化され、風呂も排水や換気が良くなり、各家相家の解釈も大きく変わってきました。いったいどこまで家相と付き合ったら良いのか? 気になるところです。せめて鬼門と前回の家相盤の黒いところだけは外して間取り配置をすればほぼ間違いないのですが、詳しくは拙著「建築家が考える「良い家相」の住まい」(講談社)にまとめてみました。前回の200回記念にてこの本のプレゼントをしています。 次回は「200年持つ増殖型「体育館住宅」しかも安い!」をお話します。 *三和土(たたき)=「叩き」とも書く。粘土質の土に石灰や苦汁(にがり)などを混ぜ叩き固めた今のモルタルセメントのような土間。 プロフィール
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