現在位置:asahi.com>住まい>いい家いい家族> 記事 PR 住まいの最新情報開放される日本の家にも高気密高断熱?2008年03月30日 東京は今、桜満開の季節です。毎年訪れる厳しい冬の後の桜満開、そしてパッと開放される家の窓。静かに営々と時が流れ、現代に至る。それこそ日本の家の良さではないか、と改めて思う季節です。人々の心に豊かな感性と詩情を深めます。
日本の生活文化と生活思想の心情は、老若男女を問わず誰にとっても精神的安定剤です。 残念ながら高気密・高断熱で設備優先、密集した現代の都会の住環境で実現するのはなかなか難しいのですが、幸いなことにわが国には京都など、戦禍を免れた場所では、こうした日本の文化がそのまま残され、保存整備もされ、日本人全体の心のふるさとになっています。 風通しを考え、柱と梁(はり)だけのすき間だらけで、もともと木舞壁程度の土壁が当たり前でした。その家が、突然「高気密高断熱」の“壁の家”になりました。暖房も夏のクーラーもよく効きます。省エネルギーの観点からみても、時間当たりの消費電力とか、「朝からつけっ放しの場合」の合計電力料などが有利と言われるのですが……。 実際、真夏の一時期を除いてクーラーをつけっ放しで寝るのはどのくらいの間でしょうか。東京に住む私の体験に限って言えば、クーラーを夜中につけて寝るのは毎年熱帯夜の10日間ほどで、それも年を重ねるごとに短くなっています。深夜にはタイマーで消して、窓を少し開けて寝る方が多いのです。日中であっても、主婦が家を締め切って1人でクーラーをつけっ放しで過ごす、なんてことは少ないはずです。冷房のロスをうんぬんすることはあまり現実的ではありません。むしろ窓が小さくて風通しの悪い家のほうが、蒸れて住みにくく、クーラーをつける時間が長くなって不経済なのです。 暖房は確かに、住まいの施工の気密精度に関係します。たった紙一枚の障子を閉めていても、それを開けるとびっくりするほど寒いことがあります。紙一枚ですから、まさに断熱と言うより“断空間”あるいは“断気流”とでも言いましょうか。これはカーテンでも同じです。要は隙間なく施工精度を上げることが重要です。 このコラムで何度もお話をしていますように、話題の外断熱は、薄着の上にミンクのコートを羽織ったようなもの、従来の「内断熱」は、ラクダの下着の上に薄いコートを着たようなものと例えています。毛皮の外断熱も中身が“薄着のマリリン・モンロー”1人なら暖かく“色っぽい”のですが、現実の住まいには家族が大勢、しかも暑がり寒がりがいて、冷暖房嫌いのお年寄りもいるなどで、家の温度調整は難しくなります。しかも昼間は家族が出掛けたり、あるいは子どもが巣立ち、誰も居なくなった家を24時間暖房することが果たして省エネか? ということも考える必要があります。 問題は湿気対策です。欧米など乾燥した大陸と違って、わが国は夏も冬も湿気や結露に悩ませられる“湿気大国”です。断熱材の内、外に関わらず、高断熱で気密性の高い家ほどちょっとしたすき間があると壁や屋根裏に結露が生じます。特に浴室などの水回りや日当たりの悪い北側の壁内に結露が起こりやすくなります。 とくに、「壁内結露」は目に見えないだけに、構造まで腐らせることもあり恐ろしいものです。そうなったとき、家の外側を包むように断熱材があると、建物全体を“蒸して”傷めることも考えられます。気密性を高めて断熱し、かつ冬でも通気に心がけ、夏にはうんと開放できることが安心につながります。 厳寒多雪地帯にある白川郷。合掌造りのぶ厚い萱葺き屋根は外断熱のようですが、内側は風通しよく開放でき、1階部分と両妻側の三角部分は、障子の紙一重に戸板の雨戸です。まだまだ北国の春は遠いようですが、桜満開のぽかぽか陽気の季節には、思い切り窓を開けて陽気を家の中にうんと吹き込むことができます。だからこそ300年以上も長持ちします。 家づくりは一部の意見や、まったく環境の違う西欧の家の形に惑わされることなく、実際の自身や家族の本音の生活を考え、改めて昔ながらの春夏秋冬の季節に対応した、何百年もの歴史ある“わが国の家の良さ”を根底にすえ、現代の家をつくることが大切ではないでしょうか。そんなことから次回は「なぜ日本の家は継承されないか?」です。 プロフィール
いい家いい家族 バックナンバー
|
ここから広告です 広告終わり 提携サイトで探す一覧企画特集
どらく
朝日新聞社から |