2008年8月10日
家全体が巨大な換気扇の町家の断面
長江家の構造の模型
通り庭の中の玄関、のれんの奥は台所土間から奥に通じる
座敷から中庭を見通す
離れの粋な御簾戸の夏の装い
通り庭の台所、天井が吹き抜けて高いのは「火袋」
京都の町家の風情は何と言ってもむしむしと暑い夏にある。路地を照る日差し、風一つない祇園祭・宵山の暑い通りに面してこの「長江家」はある。祇園祭の山鉾で唯一、舟形で華麗な「船鉾」が建てられる新町通綾小路。幕末から大正にかけて建てられた「長江家」は船鉾の真正面に位置し、今も保存状況も良く(京都市指定有形文化財)、京町家の中でも粋な存在となっています。
しばしば「日本の家は木造なので火災に弱く朽ちやすく保存されない」などと言われるのですが、それは必ずしも正しいことではありません。第2次大戦で空爆を免れた奈良や京都には、今でも多くの古建築や住宅が現存しており、それ相応の防火体制が敷かれていたとも言えるでしょう。もっとも、あの猛烈な空爆(当時は空襲と呼んだ)ではれんが造りや石造りの建物であろうが一たまりもなく、ヨーロッパ戦線においてナチス司令本部があったとされるニュルンベルクなどは徹底的な猛爆であとかたもなく破壊されました。驚くべきは彼らがその町を昔のままに再現・修復していることです。
木造の街、京都は過去に幾度か大火に見舞われ、町ぐるみで防火体制が敷かれました。南北東西の道路を広く取って街区の延焼を防ぎ、町中の密集地での町家は両サイドは土壁にするなど防火区画に。表と裏の通りと路地側2階はしっくいで塗り込めた壁にスリット状の虫籠窓に、両サイドは卯建(うだち)のような袖壁を設けるなど延焼を食い止めるセルフディフェンスの家になっています。町家の間取りの典型は中庭式プランですが、この中庭は単に採光と風を取り入れるだけではなく、家全体の巨大な換気扇になっています。
表の母屋と奥の蔵や離れ座敷に囲まれた中庭の空気は、真夏の太陽光に照らされ、屋根が熱せられて上昇気流が発生すると、その気流に吸われるように上昇します。そのため、各部屋の空気が中庭に向かって流れます。家全体が大きなベンチレーションのようになり、室内に風が発生します。実際に無風状態の夕方、線香を各部屋に置いてみると、煙が皆中庭に向かって流れていきます。暑い夕方、日の陰った路地に打ち水をすると室内に涼気を呼び込むことができます。千年の歴史は古い文化ばかりでなく、科学をも育成していたのです。
この長江家は、玄関から一番奥にまで通り庭があり、人と物と風の通り道です。台所の上は高い吹き抜けとなっていて高窓から明かりを取っているのですが、両側はしっくいの土壁で固め、台所で失火があった場合にはここに炎と煙をため込み、家全体に延焼させないための“火袋”の役目も担っています。さらに「長江家」は呉服問屋のため、分厚い土壁の二つの蔵も持っています。
こうした万全の防火対策をしながら、家のテーマは風と光であり、町家独特の気の通う粋な中庭が四季折々の風情を見せます。夏は障子を中庭に寄せ、夏らしい装いの涼しげな透ける御簾戸(みすど)と、実に粋でかつ色っぽい空間をつくり出しています。
この暑い8月は、6日・9日と広島・長崎の原爆投下、終戦記念日、さらに日航機事故など、多く命を亡くした月でもあります。お盆の京都では、各霊山が大文字焼きなどの送り火で御霊を送ります。
次回も火にちなみ「隣家の火を避ける『卯建』を上げる!」をお話しします。

岡崎市生まれ。日本大学理工学部卒。一級建築士事務所アトリエ4A代表。
「日本住改善委員会」(相談窓口・東京都渋谷区松涛1−5−1/TEL03−3469−1338)を組織し「住まいと建築の健康と安全を考える会 (住・建・康の会)」など主宰。住宅や医院・老人施設などの設計監理を全国で精力的に行っている。TV・新聞・雑誌などで広く発言を行い、元通産省「産業構造審議会」や厚生労働省「大規模災害救助研究会」などの専門委員も歴任。「日本建築仕上学会」副会長とNPO法人「国産森林認証材で健康な住環境をつくる会」代表。
著書には、新刊『建築家が考える「良い家相」の住まい』(講談社)、『六十歳から家を建てる』(新潮選書)、『地震から生き延びることは愛』(文藝春秋)、『新しい二世帯「同居」住宅のつくり方』(講談社+α新書)、新装版『リフォームは、まず300万円以下で』(講談社 実用BOOK)など多数。
天野さんへのご質問、ご意見は天野さんのホームページから