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史上初の建て売り住宅の街ベッドフォードパーク  −近代住宅のルーツを求めて−
染谷 正弘

英国ベッドフォードパークの近代住宅

 いま、私たちがあたりまえのように暮らしている住まいのスタイルを、近代住宅(モダン・リビング)という。その最大の特徴は、住まう用途だけの「専用住宅」だというところにある。それに、「郊外」と「サラリーマン核家族」が加わり、それらが3点セットになって近代住宅は成立する。

 都市と田舎の中間の郊外にあって、そこから都心に通勤するサラリーマン核家族が住まう専用住宅、それが近代住宅だ。まさに今の私たちの住まいのありようそのものである。近代住宅は19世紀後半英国に初めて登場している。それほど遠い昔のことではない。

 英国ロンドンの西郊外にベッドフォードパークという小さな街がある。1875年に開発されたこの街は、英国で最初の郊外住宅地だといわれている。ということは、この街は人類史上初めての「建売住宅街」といってよい。そして、人類史上初めての「ベッドタウン」ということにもなる。霧の都ロンドンのベッドタウンだ。

 サラリーマンが、昼間は都会で働き、夜は家族と団欒(だんらん)をして睡眠をとり休息を得るために郊外に用意された街を、文字通りベッドタウンという。ただし、ベッドタウンは和製英語で、日本でしか通用しない。真新しい建売住宅が建ち並び、地縁、血縁とは無縁のほとんど同世代の核家族が同時に住み始め、田園風景の残る郊外に忽然(こつぜん)と出現する新興住宅街。ベッドタウンには、そんなイメージが強くある。

 そもそもベッドフォードパークにはどういう人たちが住んでいたのであろう。19世紀のロンドンは、特に下町には煙噴き上げる煙突が林立し、街中が煤煙(ばいえん)にまみれていた。それが霧の都ロンドンの実際の姿だった。工場と労働者の住まいは混然一体としていて、下町はほとんどスラム状態だったという。

 19世紀も後半になると、同じ賃金労働者つまりサラリーマンであっても社会階層の分化が進む。工場で働く肉体労働者はブルーカラー、技師や計理士たち事務機能を担う知的労働者はホワイトカラーと呼ばれるようになる。このホワイトカラーが、20世紀近代社会の主役となっていく。その彼らが、都会の猥雑(わいざつ)さと煤煙から逃れるかのように、ロンドン郊外に移り住むようになる。その最初の街がベッドフォードパークだった。

 資本家でもある貴族たちが住んでいたのは、ロンドンの山の手、タウンハウスが建ち並ぶ高級住宅街だ。彼らは、田舎の広大な領地内に建つカントリーハウスを拠点にしながら、都市と田舎の二重生活を享受していた。この時代の英国では、「ハウス」はあくまでも館、お屋敷という意味であって、いまの私たちがイメージする「ハウス」とはずいぶん違う。

 では、一般庶民はどこに住んでいたのか。「コテッジ(cottage)」である。お屋敷に対して「小さな田舎家」というほどの意味だ。愛らしい茅葺屋根の一室住居で、ほとんど小屋というイメージが強い。田舎でそんなコテッジに暮らしていた農民たちが、都市に流れてブルーカラーとなり、工場労働者として近代工業化社会を支えていくことになる。
英国バイブリーのコテッジ

 近代化と共に人口が増え続けるブルーカラーの住まいとして、下町に高密度の労働者用住宅がたくさん建設されていく。それは、フラット形式の集合住宅で、コテッジの都市住宅バージョンといってもよい。その下町から抜け出せても、山の手に住めるだけの財力をもたないホワイトカラーが見いだした新天地が、郊外に建つ近代住宅だった。  

 集合住宅で、ワンフロアだけ使っている住戸を「フラット」、それに対し何層かのフロアを複数使う住戸を「メゾネット」という。集合住宅で、吹き抜けや階段がある住戸はメゾネットだ。今の東京首都圏の分譲マンションの住戸のほとんどは、フラットである。

 19世紀英国のことではあるけど、都市にはメゾネット形式のタウンハウスとフラット形式の労働者用住宅が、田舎にはカントリーハウスとコテッジがあった。そして、近代化とともに、都市と田舎の中間に郊外が、ハウスとコテッジの中間に近代住宅が登場する。それが、今の私たちの住まいのルーツだ。

(03/06/30)




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