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元日の朝は、身も心もそして住まいも街も、晴れ晴れとすがすがしい。毎年、同じような思いで新年を迎え、気持ちを新たにする。でも、最近、お正月の祝い方が随分簡略化されてきたように思う。それに、神社に初詣でには行くけど、それほどの信仰心があってのことではない。いまの私たちにとって、お正月の意義は一体どこにあるのだろう、とつい考えてしまう。
私たち日本人は、正月には神道家、夏のお盆には仏教徒、クリスマスにはキリスト教徒に変身するとよく言われる。でも、こんな時代だからこそ、むしろそうした八百萬(やおよろず)の神々を信奉する日本人のおおらかな宗教観こそ、いま貴重に思えてならない。そういえば、昔は家中のいたるところに神様はいて、お正月には玄関や台所にもきちんと新年のお餅をお供えしていたように記憶している。
日本人の伝統的なライフスタイルを言い表すのに、「ハレ(晴)」と「ケ(褻)」という言葉がある。正月やお盆などの年中行事や冠婚の祝祭状態を「ハレ」といい、それに対し日常の生活状態を「ケ」という。フォーマルウエアーを着る公の晴れがましい生活シーンが「ハレ」で、カジュアルな普段着の普通の生活シーンが「ケ」ということだ。実際、表玄関や床の間のある座敷が「ハレ」、勝手口とつながった台所や茶の間が「ケ」の舞台となっていた。
私たち日本人は、ついこの間まで、この「ハレ」と「ケ」を衣食住の規範にして暮らしていた。「ハレ」の接客優先につくられた住まいには神棚と仏壇が祀(まつ)られ、そこに多世代からなる血縁一族が大家族となって八百萬の神々と一緒に住んでいた。その大家族の生活風景の面影を、漫画の「サザエさん」一家に見ることができよう。
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| 二組のディンクスのための二世帯住宅(DSA) |
さて、最近の新築住宅はどうであろう。勝手口がきちんとある家はほとんどないし、茶の間も客間もあまり見かけなくなった。玄関だってセキュリティー優先のたんなる出入り口になってしまった。それに、神棚や仏壇がもしあったとしても、その置き場所に苦慮している家は多いのではないだろうか。マンションだったらなおさらのことである。いまの私たちの住まいに、神々の居場所は用意されてはいない。
私たちの生活シーンから「ハレ」が消え、「ケ」だけが肥大化して残ったということだろう。肥大化した「ケ」は、さらにモダンリビングへと質的変換を遂げて、居間・食堂のパブリック・ゾーン、寝室群のプライベート・ゾーンへと再編成(03/12/14)されることになる。並行して、家族形態も、大家族から少人数の核家族へと移行していく。かくして神々が消えた住まいは、核家族の私生活の拠点となった。それが、私たちの住まいの基本的な成り立ちだ。
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| 単身者のためのワンルーム戸建住宅(DSA) |
そして今、また、住まいの成り立ちの再編成が静かに始まっている。一人暮らしと二人暮らしを合わせた世帯数が、ついに総世帯数の50%を超えたという。結婚しない若者、結婚しても別れるカップル、子供と同居しない老夫婦や一人暮らしの老人が、確実に増えている。僕の身の廻(まわ)りにも、いつの間にか離婚カップルが増えている。少子化、高齢化社会が現実のものになり、さらに共に住まうという意識が希薄になってきたということだろう。
大家族で住まうことをやめ、夫婦と子供だけの核家族で住まうこともやめ、そして一人暮らしあるいは二人暮らしのライフスタイルが、いま日本社会の主流になりつつある。同時に、住まいから神々は完璧に消えようとしている。だからこそ、正月は、日々の宗教的儀礼が希薄になるのと反比例して、逆に意義深いものになりつつあるといえるのかもしれない。親族が一同に集合し顔を合わせる正月の数日間こそ、かつての「ハレ」の祝祭シーンを、また大家族の一員であることを、疑似体験できる数少ない機会になっているのである。
一人でいかに住まうか、だれとどういう関係でいかに住まうかが、今あらためて主要なテーマとなりつつある。それによって住まいのありようは随分と変わる。実際、単身者のための戸建て住宅のワンルームや、単身者や様々なカップルからなる様々な2世帯(世代)住宅が登場し、新しい住宅形式がどんどん増えている。マンションにいたっては、なおさらのことである。暮らし方が多様になっただけ、住宅形式もまた多様になっている。
(04/01/18)
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