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「住まいのお役立ちコラム」

お雛さま

2007年02月23日

鈴鹿規子

 我が家には預かりものの古いお雛さまがある。たまたま納戸があるからという理由で、マンション暮らしの伯母から預かったものである。伯母の初節句の時のものというから、86年前のものである。

写真  

 7段飾りで、男雛女雛をはじめどの人形もお顔麗しく、細工も細かい素敵なお雛さまなのだが、箱に入れて納戸にしまって置くことはできても、悲しいかな飾るスペースがない。飾るスペースだけを考えても、少なくとも4畳半は必要なのである。床に座って見て楽しむスペースも入れると10畳程度の広さがないと飾る意味がないように思える。何も置いていない4畳半の空間すら、いや和室すら我が家にはないから、もう何年も飾っていない。

 とはいえ、お雛さまの顔が欠けたり、着物に虫やカビがつりたりするといやなので、毎年虫干しだけはしなければならない。お雛さまを入れてある桐の箱や段板が年々あめ色になってきているし、反りや割れ目も入ってきている。預かる身としては、箱を開けるまでハラハラドキドキの年中行事であるが、無事なお雛さまたちに会うととても幸せな気分になる。

 「1年間暗い箱の中で寂しかったでしょう」などと声を掛けながら箱からそっと取り出し、京花紙(和紙)をはがし、虫除けに入れてある唐辛子をとる。鼻もちゃんとついていることを確認して一安心。お道具類の小物を見逃さないように細心の注意を払ってすべてを出し終わる。

 とても7段の飾り棚を組み立てる場所はないから、一体ずつ置ける風通しの良い場所を探して置く。お内裏さまとお雛さまは別々の箱に入っていたのだから、出した時くらいは隣に仲良く座ってもらう。心なしか幸せそうに見えるのが、また嬉しい。

 住宅のスペースの問題もあるが、せわしなく日々に追われる暮らしのせいで、日常生活から季節の風物詩がひとつ、またひとつと消えていくのは寂しい。日頃は忘れているが、毎年お雛さまを出す度にそう思う。欧米風のデザインが日本に入ってきて、縁側や土間、お座敷が多くの住宅から消えてしまったからだろうか。

 お正月のお節もダイニングテーブルで、おとその代わりのワインか何かで済ませてしまう。お月見をしようにも縁側もなければ、第一密集地帯に住んでいると家から月が見えることがない。

気持ちががさついてくるのもこんなところに原因があるのかもしれない。都会に住んでいると、情緒を育てる環境がないのである。

 皆が自分の土地に目いっぱい家を建ててしまうからこんなことになるのだ。皆が少しずつ譲り合って「我が家は隣からの景観」と思う気持ちのゆとりがあれば、もう少し情緒豊かになっていくのになあ、とお雛さまはいろんな事を考えさせてくれる。

 実は毎年この虫干しを面倒だなあと思い、なかなか重い腰が上がらないのが本当のところなのだが、いざ始めてみるとお雛さまに教わること、考えさせられることが多くて、「やっぱりやってよかった」と達成感を味わうのである。

 新鮮な空気を吸ったお雛さまたちは、また新しい京花紙と唐辛子にくるまれ、着物の間には真綿を入れられて、箱の中に戻って行く。

 どこかにもらわれて、広々とした空間に飾ってもらった方が、お雛さまたちは幸せなのだろうに、と不憫に思う季節でもある。


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