現在位置:asahi.com>住まい>住まいのお役立ちコラム> 記事 PR 注目マンション情報モダンリビングと『肉食の思想』2008年03月28日 染谷正弘 「人と人との間に壁ができる」という例えが例えではなくなった。たとえば、子供部屋さえなければ、子供はひきこもる場所がなく「ひきこもり」もないだろう。家の中を間仕切る壁が、文字通り家族のコミュニケーションを阻害する「壁」になってはいまいか。以前、このコラムで、そう書いたことがある。
いま、私たちの多くは、分譲マンションや建売住宅、ハウスメーカーの商品化住宅で暮らしている。自分の家の中の壁を、どの壁でもいいから一度じっくり見つめてみてほしい。所詮、壁は壁でしかないと思うかもしれない。でも、その壁は、知らず知らずのうちに人の心のありようや、人と人との関係を変えてしまうほどの力を持っている。私たちの家の中の壁について、その意味について、あらためて考えてみたい。 日本の住まいには、もともと壁はなかった。極論だが、そう思う。住宅史をひもとき、昔の農家の間取り(写真1)を見ると、そのことがよくわかる。地域や時代によってその呼び名は変わるが、家のオク(奥)には「ネマ」、「ヘヤ」、「ナンド」、「チョウダイ」等々と呼ばれる部屋があり、確かにその周辺に壁を認めることはできる。そこは、一家の主(あるじ)夫婦の寝室であり、大切な財産の収納場所であり、神聖な場所でもあったから、より安全性が求められ壁で囲まれていたのだろう。 時は流れ、家に収納するものが増えて「押入れ」や、オモテ(表)の座敷に「床の間」が普及してくると、その周辺にも必然的に壁は造られるようになる。でも、その他は、家の内も外も、ほとんどが引き建具で間仕切られていた。それらすべての引き建具をはずせば、カヤやワラ葺きの大きな屋根が宙に浮いているような、柱だけが林立する日本建築の裸形が出現する(写真2)。 伝統的な農家は、壁で囲まれた「室」はなく、引き建具で仕切られた「間」だけがあり、家の内部も外部も空間が融通無碍に、ときに仕切られ、ときにつながる一室空間、ワンルームだった(写真3)。そこに日本人の住まいの原風景がある。そして、その柱と引き建具の建築空間を舞台に、人と人との関係は美しい生活作法となり、また人と自然との関係は四季折々の厳かな宗教的儀式となり、日本の伝統文化は培われてきた。 日本の住まいに、壁に囲まれた「室」があたりまえのように登場するようになったのはいつ頃からだろう。日本が、第二次世界大戦の敗戦による壊滅的状態から再生し、なおも高度経済成長を遂げて経済大国になろうとしている1960年代以降のように思う。戦後日本の社会経済をまるごとリセットしていくなかでの「持ち家政策」が、住宅産業を隆盛化させたと同時に、日本の住まいに「室」を出現させたと考えていい。 その「持ち家政策」にリアリティーを与えたのが、戦後日本民主主義ではなかったろうか。戦後日本民主主義について、いろいろ議論はあろう。でも、敗戦後の日本人に、夢と希望を与えてくれたことは確かだ。そのひとつが、企業戦士になり一生懸命働けば、日本国民男子の誰もが平等にマイホームを手に入れることができ、「一国一城の主」になれることだったろう。妻が家を守り、子供はエリートサラリーマンをめざし受験勉強に励みながら営む「家族の団欒(だんらん)」の舞台が、マイホームだ。そのお手本となったのが、戦勝国欧米のモダンリビング(近代住宅)である。 家庭内においては夫婦の愛ときずなを最優先し、子供にも一個人としての人格を認めることが、戦後日本民主主義の実践であり、その象徴がマイホームの「主寝室」と「子供室」だった。そして、家族の団欒の象徴が「居間・食堂」だった。それらの「室」は、モダンリビングの必須アイテムである。戦後の日本人にとってのマイホームには、家の中をあいまいに間仕切る柱と引き建具ではなく、壁とドアがどうしても必要不可欠だったのである。それは、日本の住まいの欧米化、つまりは近代化そのものでもあったろう。 西欧文化は「強烈な断絶論理」に基づいていると、『肉食の思想』(中公文庫)の著者、鮫田豊之氏は言う。日常的に家畜を食する西欧人にとって、宗教的にも思想的にも、人と動物を断絶する根拠と理論が何よりも必要で、そうしなければ日々を共に暮らす動物たちを殺して食する肉食中心の西欧文化は生まれ得なかったと彼は言う。 「強烈な断絶論理」の西欧文化は、神と人、自然と人、人と人をも次々と断絶し、人間中心主義(ヒューマニズム)や個人主義、そして近代科学文明をも誕生させていく。哲学的には、主体と客体、肉体と精神、彼岸と此岸などの二元論を、明快な断絶の上に昇華させたのが西欧文化ということだろう。 その二元論を、融和の上に昇華させたのが日本文化といってもいいかもしれない。それは、キリスト教と仏教の宗教観の違いとも符合するように思う。詳細は『肉食の思想』を読んでいただきたいが、この食文化をテーマにした西欧と日本の比較文化論は、とても興味深く多くの示唆に富んでいる。 「強烈な断絶論理」は、西欧建築の空間特性にもみごとに符合する。石やレンガを積み上げた壁で内と外を断絶し、その壁に穿たれた穴を開口部にして造られた「室」群をドアで連結した空間が、西欧建築の基本的な成り立ちである(写真4)。柱と引き建具で内と外が融通無碍に融和する日本建築とは、まったく対照的である。
肉食中心文化の「強烈な断絶論理」を内在させた欧米モダンリビングの壁が、日本の住まいに組み込まれておよそ半世紀たつ。西欧近代文明の功罪が地球的規模で明らかになったいま、私たちが日々暮らす家の中の壁こそがその象徴だといったらいい過ぎだろうか。 この記事の関連情報お役立ちコラム バックナンバー
|
ここから広告です 広告終わり 提携サイトで探す一覧企画特集
どらく
朝日新聞社から |