2008年5月30日
共用施設のクラフトルームで
共用施設でのお茶会
朝市も開催
私たちの住まいは、いつのまにか商品化住宅ばかりになった。その典型が分譲マンションだろう。分譲マンションが商品となって登場する過程を、建築設計業務の流れとともに前回このコラムで概観した。今回も引き続き、現代日本の住まいづくりに携わるディベロップメントや建築設計の役割について考えてみたい。
住まいは、暮らしの器である。その器の形や素材や色を決めデザインするのが、建築設計だ。その器の中身である実際の住まい手の暮らしやその生活シーンを知らずして、住まいの設計はもちろんできない。商品化住宅の設計においても、それは基本的に変わることはない。
でも、商品化住宅は、実際の住まい手の顔が見えないまま設計が進められ、建設され、供給されているのが現実である。分譲マンションの場合は、もっと特殊で、竣工前に売買契約が締結されるいわゆる「青田売り」だから、住まい手は仮設建築の販売センターでモデルルームだけを見て、実物を見ずして購入してしまう。人生最大の買い物なのに、なんとも不思議な商品である。
いかに住まいであっても、分譲マンションも大量生産される既製品にかわりはなく、住まい手の顔が見えないまま設計されるのだからどうしたって画一的にならざるを得ない。それは、高度消費社会の現代日本においては仕方のないことなのかもしれない。でも、商品化住宅のつくられ方、その供給のあり方に、僕はいつもどこか腑(ふ)に落ちない不自然さを感じてしまう。
実際、分譲マンションの場合、住まい手のニーズはどのように反映されるのだろうか。建設地の立地環境や街の伝統文化、エリアの不動産マーケット(価格相場)などの調査から、住まい手の年齢、年収、家族構成などのライフスタイルが、まずは想定される。その想定のもとに、集合住宅として建築プログラム(住宅機能の整理)化され、設計は進められていく。一般的には、設計を終え建築確認申請がおりると同時に建築工事は始まり、販売センターもオープンし販売活動に入る。実際の住まい手の顔が見えてくるのは、この頃である。
そして分譲マンションは街なかに登場する。でも、表層的なデザインは多少違っていても、どれもがほとんど同じように思えてならない。それは、やはり住まい手のライフスタイルを最大公約数としてとらえ、結局は万人に受け入れられやすい商品企画、建築設計をしているからだろう。
とはいえ、分譲マンションに、実際の住まい手のニーズに応える用意が全く無いわけではない。まずは、住まい手の多様なライフスタイルに対応できるように、多様な住戸間取りの専有住戸が「標準プラン」として数多く用意されている。
さらに、専有住戸の間取りタイプやインテリアデザインのバリエーションをより豊富にするために、標準プランに多少の変更を加えた「メニュープラン」、フローリングや建具の色を選択できる「カラーセレクション」、また特別仕様のグレードアップ「オプション」などの仕組みも用意されてはいる。
ただ、それは、着せ替え人形のような表層的なデザイン・バリエーションでしかない。住まい手は、常に与えられた間取りやデザインをただ選択するだけである。もちろん、これで十分、と満足する人も多いだろう。あるいは、分譲マンションはそんなものだ、と思っている人も多いに違いない。でも、本当にそれでいいのだろうかと思う。
住まいが暮らしの器だとすれば、居心地のよい住まいとは、気持ちよい暮らしの実現にほかならない。100の暮らしがあるなら、そのための100の器があっていいはずだ。でも、コーポラティブハウスのように住まい手の自由設計に委ねたら、既製品としての分譲マンションのアイデンティティーは消えてしまう。
分譲マンションという現代日本特有の商品化住宅の成り立ちを残したまま、より居心地のよい住まいを実現できないものだろうか。すぐれた分譲マンションの一番の特徴は、豊かな共用施設を持っていることにある。そして、その共用施設の役割は、画一的にならざるを得ない専有住戸の居住空間をサポートすることにある。
気持ちのよい暮らしとは、極言すれば、一緒に暮らす人たちがすてきで心地よいことに尽きる。それは、家族、隣人、またその地域で共に暮らす人たちとの関係のなかで育まれるものである。それを、地域コミュニティーの活性化と言ってもいいだろう。そうした人と人との関係を醸成する装置として、暮らしの器、住まいはあるべきである。
そう考えるとき、暮らしの器の集合体であり、かつ豊かな共用施設を持つ分譲マンションは、心地よい人と人との関係を醸成するすぐれた装置となる可能性を秘めているように思う。実際、最近の大規模分譲マンションでは、その多種多様な共用施設を舞台に、マンション内の住民はもちろんその街の近隣住民をも巻き込んで、血縁や世代を超えた新しい人と人との関係が育まれつつある。それを、21世紀の情報化社会、高齢化社会ならではの新しいコミュニティーの出現と考えていいのではないだろうか。
暮らしの器の集合体である街なかに、画一的な器の集合体である分譲マンションを組み込みながら、心地よい人と人との関係を積極的に醸成していく、その仕掛けづくりがこれからの建築設計の使命であり、その実現こそが真のディベロップメントとなろう。僕は、それを「コミュニティーデザイン」と呼んでいる。