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210円の戦利品。これ以外に、ひも付ききなこアメが1個、当たりでもらったガムやアメがある。昔は100円でこれくらい買えたような気が。 |
何も予定のない日曜日の午後。
ゆっくり新聞や雑誌を読みたいなと思うときに限って、子ども2人が騒ぎ出す。
いわく、「ボウリングに行こう」。
いわく、「キャッチボールしに行こう」。
体が思うように動かない、くたくたな日、私や夫は決まってこう言う。
「ぜんばに行っといで」
ぜんばとは、我が家にほど近い駄菓子屋さんである。
先日も息子と娘に、消費税を入れて210円ずつ渡した。歓声があがり、2人は喜び勇んで家を飛び出していった。
30分後、口にきな粉アメの糸をたらしながら帰宅。床に戦利品を並べて、私に自慢する。ついこの間までは210円渡しても、150円のお菓子を買ってあとのお金をうまく使えなかったり、5円足りないと言って家に泣きつきにきたりしていた。が、その日は、ぴったり210円使い切り、上手に何日分ものおやつをゲットしていた。
「買い物、うまくなったね」とほめると、得意満面で教えてくれた。
「30円のものを3個買うごとに、10円、別のポケットに入れることにしたの。消費税って、それくらいでしょ」
「一度に全部食べないでね」
「わかってるって」
兄妹で、あれこれ相談しながら、日にちごとに小袋におやつを分けている。あたりつきの10円のガムやアメがいくつかある。不思議にこのお店のアタリ率は高く、この日も、娘がガムで「50円当たり」、息子は「10円あたり」が出た。さあ今度はお金は持たず、大事にアタリと印刷された包み紙を持って、お店へ。
そんなこんなで、午後がゆっくりと過ぎていく。
「ぜんばのおばちゃんとこ、赤ちゃんが生まれたんだって」と新しい情報を持ってきたり、通りすがりに「行ってらっしゃい」と声をかけてもらったりする。この間、付いて行ったときは、近所の小児科情報についてすっかり話し込んでしまった。初孫とのことで、ぜんばのおばさんはとてもうれしそうだった。
また、あるときは「これ、どう?」と突然、まんじゅうを差し出された。
「こんな商売やってるとね、お昼を食べる時間がないのよ」
「え? いつもどうしてるんですか」
「しょうがないから、ちょこちょこっと接客の合間にお菓子をつまむだけ。これ、案外おいしいからさ、つまんでよ」
一口サイズのまんじゅうをご相伴にあずかりながら、赤ちゃんの予防接種の時期について、娘さんよりちょっとだけ母親業が先輩の私は偉そうに解説したりした。
大手スーパーやコンビニは味気ない、昔ながらの小さな店を守ろうという。うん、そりゃそうなんだけどと、私は思う。唱えるだけじゃなくて、実際こういう小さな店で買い物しなくちゃわからない楽しさを、もっと人に伝えなくちゃ。理屈や正論だけで、そう簡単に人は習慣を変えたりしないのでは。
本当に、たかだか30円のお菓子を買うだけでも、街のいろんな情報が聞けて楽しんだから! 子どもも、1円や10円の重みを知るし、「こんにちは」「ありがとう」「これ、いくらですか」と、あいさつや口の利き方を覚えていく。あれこれ商品を指で突付いていると「それ、やらないで。ゼリーがつぶれちゃうから」とおばちゃんの容赦ない注意の声が飛ぶ。小さな店の通路で、他のお客さんと譲り合いながら、買い物をするときのマナーを学んでゆく。消費税の計算法だって、ちゃんと、算数が弱いなりに自分なりのメソッドを編み出してゆく。
今週、子どもたちは小分けしたものを毎日1袋ずつ、おやつとして大事そうに食べている。そういう姿を見ながら、私も子どもだった自分を思いだして楽しんでいる。今も昔も、あいかわらず舌は真っ黄色や真っピンクになるのだけれど。