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元テレビ台がいまやこんなことに。テレビがないと本とCDが増えます。 |
リビングからテレビをなくして、まる3カ月が経過。14型の小さなテレビは子ども部屋兼寝室に1台。この間の考察と総括を。
・長男(小4)が「もうテレビはいらない。子ども部屋のも、なくしてもいいよ」と言い出した。
・その半面、長女(6歳)が、保育園帰宅後、子ども部屋のテレビにかじりつくようになった。
・トランプと人生ゲームの回数が増えた。→長くだらだらと続くので、正直、大人はかなり嫌気がさしている。
・大人が早寝になった。(平均就寝時間22〜23時)
・朝食時、テレビを時計代わりにしなくなった。静かな食事に慣れた。
・夜19時のニュースを見ないことには、いまだ慣れず。19時になると少し落ち着かなくなる。
・ラジオを聴くことが増えた。
・そのラジオやCDさえ、「うるさいから消して」と家族が言うようになった。
・「引っ越しおばさん」(先々月、騒音問題で話題になったらしい女性のこと)のギャグが、何のことかわからなかった。
・ヒットチャートがさっぱりわからなくなった。→今までとくに「好きだ」と意識したことはなかったが、けっこう音楽のランキングものを何げなく見ていたのかも知れない。
・入浴時間が長くなった。
・色鉛筆やお絵かきの道具がそこら中に散乱するようになった。
・夕食後、わりと家族バラバラな感じになった。→長男宿題、長女子ども部屋のテレビ、母入浴、父ネットで野球中継をチェック。
・パソコンに向かう時間が増大した。→野球結果を、回ごとにやたらチェック。私も意味なくネットサーフィンを延々と。
・ジャムや梅ジュース,梅干しつくりなど、保存食や加工食品作りが増えた。→夕食後、暇なので。
・就寝時間が定まらなくなった。→これも無意識の慣習だったが、かつては21時にテレビの電源をオフにするのが、「さあ、就寝」の合図だった。今はそれがないので、逆に「あら、もうこんな時間」ということも。テレビ番組を、入浴や就寝など日課の切り替えに使っていたことのあらわれである。
【総括】
生活に関して、あまり困ることがない。とくに、ビデオとDVDを見ることができないのだが、その二つがないことに関して一切不便がない。我が家にとって、その程度のニーズしかなかったのだと、あらためて実感。
ただし、下の娘のみ、寝室での視聴時間が増大し、彼女と一緒に過ごす時間が減った。リビングにテレビがないことの反動で、寝室に張り付いている感あり。また、テレビを独占できるという喜びに支配されている様子。おそらく、もうしばらくしたら飽きてくるのでは、とふんでいる。
息子は、これまでの人生で十分テレビを見てきた満足感があるのか、大きなサッカーの試合以外、すすんで見なくなった。が、ネットをする時間は増えた。キーボードのローマ字入力法も、今までとは比べものにならない速さで習得。
結局、我々はテレビにしろ、ネットにしろ、何かしら即時性のある情報を、生活から完全に断ち切ることができないのだろうか。
私自身の視聴時間は、1週間で計2時間半くらい。明らかに激減したが、空いた時間を家族だんらんなど豊かな時間に使えていないという焦燥感はある。読書やネットなど個人で楽しむことが増え、何となく家族がまとまっていない感が。テレビをはさんで家族がリビングという一つの空間に集まっていた時間を、テレビなしにどう取り戻すか(こう書いてしまうと、情けなくはあるが、これが正直なところだ)。
別に、みんなで必ず何かを一緒にしなければということではない。ただ、思い思いのことをしながら、何げない会話をはさんで、一つの場所で居心地よく集っていたい。長男が個人の部屋を持つまで、思春期に差しかかるまでのあとわずかな時間を、もう少しみんなで楽しみたい。
いま言えるのは、あんなにテレビ好きだった家族が、「テレビがなくても、けっこう困らないね」程度の実感を持ち始めているということだけ。
先週から、ネットの時間ひとり10分というルールを作り、新たな実験を開始。そう、もはやこれは実験なのである。この実験、成功するといいのだが。