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車1台通り抜けるのが難しいこんな路地だからこそ、の遊び場 |
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納戸に、前の住人が置いていった板きれがあったので、調味料置き場を作りました |
同じ町内に引っ越したのだが、路地ごとにわずかな雰囲気の違いがあることを実感している。今、住んでいるところは、夕方や土日ともなると、子どもたちが外に出て、路地でよく遊んでいる。
犬の散歩をする友人も、「あそこのエリアは子どもたちがよく遊んでいるよね」と、言っていた。ひと昔前なら当たり前のことだけど、今は珍しいから印象に残るらしい。
以前のエリアでは、子どもがボールけりをしたら翌日、向かいの家の壁に「ボール遊び禁止」の紙が張られた。住人もいろいろ、路地の暮らしのスタイルもいろいろなのだ。
たまたま、今住んでいるご近所は一方通行が多く、交通量がほとんどない。だから、子どもが安心して遊べる。
しばしば、「都会の子は忙しくて、路地で見かけない」ときくが、子どもたちが忙しいのは都会も地方もいっしょ。車の通りが少なくて、近所に理解があれば、子どもは外に出る。つまり、子どもが変わったのではなく、子どもが安心して外で遊べない環境を大人が作っているのだ。
家の中でゲームばかりやっていると嘆く人もいるが、子どもが少しおおきくなればわかる。朝な夕なにテレビにかじりついて、ゲームに没頭する時期などほんのわずかだ。いずれ飽きて、友達と遊ぶ方がずっと楽しいと気づく。
我が家の長男は5年生になるが、10分でも暇があると、BOP(Base Of Playing:学校内にもうけられた子どもの遊び場)にとんでゆく。今おもえば、ゲームにかじりついていたのはゲームデビューした小学1年生のときくらい。そのときは、私に怒られながらも、さんざんやりたおしていた。しかし、やがて堪能し、飽きた。子どもなどそんなものだ。規制すればやりたがる。やるだけやったら、なんだこんなものかと納得がいく。
うちに大勢遊びに来て、みんなが公園へ野球をしに行くのに、ひとり残っていつまでもゲームにかじりついているのは、きまってふだんゲームを禁止されている家の子だ。
話がそれた。
越してまもなくのこと。土日になると外から子どもの声が聞こえるので、うちの二児も縄跳びやサッカーボールを持って、おそるおそる外に出た。そのまま日暮れまで戻らない、ということが何度か。
それからひと月たった、入学式の翌日。朝、近所のたばこ屋の角に、1年から6年まで集まっているのに気づいた。集団登校だ。あわてて、うちの2人も交ぜてもらう。
以前の地域では集団登校はなかった。学校としても、とくにとりきめているわけではない。この路地の子らの習慣で、昔から集まって登校しているのだという。近所のお母さんやおばあさんが見送りに出て、それはじつになごやかな風景だった。きのうなどは、子どもを送り出したあと、風邪薬を飲ませ忘れたことに気づき、玄関を飛び出したら、近所のおばさんが「あいよ」と、コップと薬を私から受け取り、歩き始めた娘を追いかけ飲ませてくれた。
ひょいと遊べる路地があれば、会話が生まれ、たとえば集団登校の情報も入る。子どものいない家は関係なし、という雰囲気でもなく、なにかしら声をかけてくれる。近所の挨拶や会話がちゃんとある。子どもの社交場を大事にする大人の姿勢に学ぶことは多い。