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小学校時代を過ごした長野県松本市の映画館が最近閉館した。それを描いた鉛筆画があったのでおもいきって購入。飾る場所がなかったが、越してから良い空間が見つかり、ほっ。(画・牧野伊三夫 中劇シネサロン) |
古い家なので収納がたくさんあるはずなのに、なんだか足りない。以前のマンションより50平方メートルほど広くなっているのに、入りきらないダンボールの箱がまだ廊下にいくつか積まれている。いったいどうしたことか。
そう思いながら、先日、私と同様、マンションから戸建てに越した人と世間話をしていて、ああそうかと気づいたことがある。彼女は言う。
「前より広くなるからいいやと思って、引っ越しの時、あまり物を整理しなかったんですよね。ほとんど持って来ちゃった。だからちっとも片づかないの」
思うに、日本の住宅の狭さは、つねに物を所有することとの戦いで、収納できるか否かをいつも頭の片隅においているから、みなしまつに暮らせているのではないか。
ちょっと広くなったからすっきり広々暮らせるかというと、案外そうではなくて、スペースがあればあるなりに物を置いてしまうし、収納の許容量がゆるくなるので、自分に甘くなって整理が雑になる。きちんとしまわないと、快適に暮らせないという足かせがなくなると、とたんに気がゆるんで物があふれ出すのかもしれない。
それともうひとつ。
以前は設計士に、自分の持ち物にあわせて収納を設計してもらったという点は大きい。図面上で、家中のすべての物がすっきりおさまる計画を立ててもらっているので、入居してすぐに暮らせていた。あらかじめ、何をどこに入れるか、わかっている引っ越しと、そうでない引っ越しは、入居後の快適さに開きがある。今でも覚えているが、コーポラティブハウスのときは、越して3日目ぐらいに、アップルパイを焼いた。今は越して2カ月になるが、お菓子の道具をしまう場所がキマらなくて、とてもパイを焼く余裕はない。そんな時間があったらまずは片づけ。ちなみに明日の休日は、
「パパの仕事部屋と2階の廊下と押し入れを片づけようね」
と、家族で申し合わせている。週末に1カ所ずつ片づけができたらいいほう。押し入れの中の仕切り棚を買いに行くだけで一日がおわってしまうこともあるのだから。
まあしかし、そんなパズルのような収納を1カ所ずつかたづけていく過程もけっこう楽しかったりして、私はこういうことが好きで引っ越しがやめられないんだなあ、と半分認めている。収納は見た目の達成感もあり、考えるのは嫌いではない。今回は家族の荷物が増え、唯一動ける週末があれこれ子どもの行事で忙しく、思うように収納の作業がはかどらないので焦ったという面はある。
収納というのは、家族の動線や暮らしのサイズを考えることなので、けっこう自分に時間的余裕がないと、考えきれない。
だから今の私がいちばん欲しいものは、収納家具や道具ではなく、たっぷり集中して考えられる時間、なのである。