 マンション、ベビー誕生の小さな作法
2006年10月09日
「昨日、女の子が生まれました。名前は○○です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
 「こんな花束を買って贈りました」と理事長から画像がメールで届くことも。お金を出したほうも納得のさりげない気配りが効いたマナーだ
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コーポラティブハウスの住人全員に一斉メールが届く。お、無事生まれたな。パパとママとどちらに似ているのかな。会うのが楽しみだな。おめでたい知らせにほおがゆるむ。そうして10日ほどすると、今度は理事長からメールがくる。
「○○号室の××さんにあかちゃんが生まれました。花束を贈りたいと思いますので、賛同される方は、我が家のポストに○○○円入れておいてください」
今年はこれで3人目、12月にもうひとり生まれる予定だ。住民が建設組合を結成して、設計から入居までともに進めるコーポラティブハウスでは、全員が顔見知りだ。ドライすぎずウエットすぎず、招いたり、招かれたりしながら、ときにはグラスを傾け、心地よい距離を保っている。
子供が生まれたら、その子も仲間だという意識があるから、誰かがそうしようと言い出したわけでないが、子供が生まれると親は名前を全員に知らせ、知らされた側は、理事長がとりまとめて、ささやかなお祝いの気持ちを贈る習慣ができつつある。
相手の負担にならないように、1世帯あたり数百円ずつだしあって大きな花束を一つ贈る。それだけのことだが、いい習慣だなあと思う。「これからもよろしく」「私たちはあなたの誕生を心から歓迎します」という気持ちが伝わればいい。形に残らないが心は伝わるはずだ。
マンションのエレベーターですれ違っても誰かわからないのは寂しい。そういうことが危険であるという時代にすらなっている。
向こう三軒両隣という昔ながらの言い方が私は好きだ。出産したらせめて新しい家族を向こう三軒両隣の人には紹介したい。新しい命の誕生をみんなで喜び合うことに、プラスはあっても一点のマイナスもない。
消えてなくなる花束なので、お返しはいりませんよと理事長は伝える。本当はみんなが赤ちゃんを見たいのだけれど、産後の家にどやどやとおしかけるわけにもいかないので、理事長と副理事長が代表して訪問。ときには赤ちゃんの写真を撮らせてもらって、メールで一斉に流すこともある。
そうすると何カ月かして、お散歩の場面などですれちがったときには、一度も会ってないのに、「○○ちゃん!」と呼べる。
ちょっとしたことでつながりあえるのだ。
虐待などの痛ましい事件が起きると、「泣き声はきこえたような気がするけど、みたことはない」と近所の人が答える映像をみたりする。ちょっとしたことでつながりあえるのに、それを大人がしなかったために命を落とした子の悲運に胸がいっぱいになる。その赤ちゃんを知っていたら、近所の人は異常な泣き声の時はトントンとドアをノックできたかも知れない。それがむりでも、通報していたかも知れない。逆に、まったく見ず知らずの親子に、それはしにくいものかもしれない。と、たくさんの「かもしれない」が頭をよぎる。
少なくとも、集合住宅ではどんなことでお世話になるかわからない。赤ちゃんの泣き声で迷惑を掛けることだってあり得る。これからよろしくお願いしますの気持ちを互いに表すのに、たいした努力はいらない。誕生の知らせと花束が一つもあればいい。
大平 一枝(おおだいら・かずえ)
長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、11歳、7歳の4人家族。
著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、紙と人の心の絆を描いた「かみさま」(ポプラ社)。
ホームぺージ「暮らしの柄」 http://www.kurashi-no-gara.com/

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