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ケープのゆくえ

2007年02月05日

 「ねえねえ、昔、お化粧するとき、母親ってケープしてたよね」

写真

マンション時代は、文房具入れに使っていた。今は少し広くなったので、本来の鏡台として活用中。ここで化粧をしていると、7歳の娘はすぐ寄ってくる……

 不意に、友だちからたずねられた。

 ああ、そういえばと、胸元でしばる扇形の布を思い出す。彼女は続けた。

 「あれ、最近みないね。どうしてなくなっちゃったんだろ。便利でいいしぐさだったと思うんだけどなあ」

 私の母もよく、ブラッシングやメークをするとき、髪が洋服に落ちないように、ケープを肩にかけていた。縁のバイアステープ、小さな刺繍(ししゅう)、淡いピンクの木綿生地。鮮やかに記憶がよみがえり、細部まで覚えている自分に驚く。

 文明が発達して、いろんな道具や所作が消えるのはわかるが、化粧ケープが消えた理由だけは見当が付かない。昔はおしろいが主流だったから粉が落ちるのを防いだというのもふにおちない。今も仕上げに粉のファンデーションをたたく人は少なくないからだ。ぎりぎり想像できる理由としたら、ただひとつ。「忙しいから」

 そんなめんどうなことをやってられなくなり、髪が床に落ちてもかまわない、ファンデーションが服についたらはらえばいいという人がふえ、ケープは人知れず一般家庭から消えていったのでは──。

 かつての女性が、髪や粉が落ちたら困ると強く思っていたかといえば、そうでもないような気がする。それよりも、化粧の作法に、ケープをまとうことまでが、所作の一つとしてふつうに含まれていたのではないか。

 くだんの母も、いつしか鏡台の前に座ることがなくなり、洗面所で立って化粧をするようになった。洗面所への移動とともに、ケープもどこかにしまいこまれた。

 私も今の家は、鏡台を使うが、それまでは洗面所だった。化粧品メーカーに取材したときも、化粧の場は洗面所が主流だと聞いた。

 私たちが立って短時間にぱぱっと化粧をするようになり、女性仕様の車は、メーク用の鏡が標準装備になり、車だけなくバスや電車の中でマスカラを塗る女子高生に驚かなくなるにつれて、ケープは楽屋など特殊な場所以外から姿を消した。そんなふうにして、化粧という行為から「優雅」という言葉が消えてしまった。

 高機能、高品質のバラエティーに富んだ化粧品は増える一方だが、化粧のしぐさや所作自体はどんどん省略化されていくのは寂しい。

 私も長らく忘れていたケープという単語を聞きながら、たしかに小さなリボンを胸の前でちょこんと結び、化粧が終わったら、そっとはずす母のしぐさは優雅だったなあと、懐かしい気持ちになった。

 娘もいることだし、嫁入り道具の鏡台もある。なんといっても便利だし、せっかくだから、ケープというのもしてみようかな、とネットで検索したら、宝塚歌劇団関係のホームページばかりにいきつく。レースや総刺繍の高価なものではなく、母が使っていたような素朴なコットンがいい。ますますせつなくなり、幻のケープを意地でも手に入れたくなるのであった。


大平 一枝(おおだいら・かずえ)

 長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、11歳、7歳の4人家族。

 著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、紙と人の心の絆を描いた「かみさま」(ポプラ社)。

ホームぺージ「暮らしの柄」 http://www.kurashi-no-gara.com/別ウインドウで開きます

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