現在位置:asahi.com>住まい>小さな家の生活日記> 記事

PR 住まいの最新情報

「小さな家の生活日記」

家族の残り香

2007年07月16日

 友だちが手箒(ほうき)を買った。上質の地草を使った手作りの箒を取材で知り、購入したらしい。

写真2階廊下の隅をミニ書斎に改造。(荷物を片づけて机を置いただけ)この廊下こそ、艶出し効果もある手箒が向いている!

 手箒は、たっぷり草を使っていながら軽いもの、できるだけ穂先が柔らかくてできるだけ穂丈が長いものがよいそうだ。穂先が柔らかいのは丈が短いのが通常で、前者だと職人の工房でも年に20本もできないという。そうなると1本10万円近いとか。実際、彼女がどんな質の箒を買ったかは聞き忘れたが、手箒は、あたり口が柔らかくて、階段の隅や机の脚の際など、細かいところまで小回りがきいて予想以上に便利だったと喜んでいた。

 掃除の何が嫌いって、ものぐさな私は掃除機を組み立てる、部屋を移動するたびにコードをスイッチに差し替えるのがわずらわしい。その手間を省こうと、よく使う台所にはコードレスのハンディなスタンド式掃除機をあつらえた。だが、吸引力が弱く、結局コード式の大きな掃除機を使うことのほうが多い。

 さっと、掃(は)きたいときに掃ける手箒はいいなあと、ちょっとうらやましくなっている。

 また、草にからみつくので、小さな綿やほこりが舞い上がらないのもすばらしい。畳の目や板の間の溝にも入り込んでかき出すなんて、先人の知恵にはつくづく脱帽する。おまけに原料が草だなんて!

 不思議だなと思うが、木の柄と草でできた手箒が廊下につるされているのは違和感がないが、太い蛇腹のホースやプラスチック樹脂の仰々しい電気掃除機が廊下でむき出しになっているのはどうも興ざめがする。自然素材で作られたものが人間の目になじむからなのか、日本人だからなのかはわからない。とにかく公民館や誰かの家で手箒をたまに見つけると、祖母の家で見た幼い記憶が蘇り、心がほっとなごむ。

 先日、くだんの友だちが、こんなことを言った。

「手で掃くとね、ごみの一つ一つがみえて、家族が愛(いと)おしくなるよ」

 ごみのおかげで? 愛おしくなる? すぐには意味がわからず、きょとんした私に彼女は教えてくれた。

「消しゴムのカスがあれば、きのうはここで宿題をやったんだな。テレビの前にお菓子のパッケージの切れ端が落ちていれば、あいつテレビみながらおやつ食べてたんだって、ごみから、子どもの様子が手に取るようにわかるんだよ。まったくしょうがないなと思いながら、なんだか笑えてくるの」

 彼女は私と同じ働くお母さん。小学3年の息子さんは留守番が多い。自分がいない間、彼がひとりでどんなふうに過ごしているのか、箒で掃きながらゴミからあれこれ想像するのが楽しいという。

 その話を聞いて、私がますます手箒が欲しくなったのはいうまでもない。

プロフィール

顔写真 大平 一枝(おおだいら・かずえ)

 長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、11歳、7歳の4人家族。

 著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、紙と人の心の絆を描いた「かみさま」(ポプラ社)。

 ホームぺージ「暮らしの柄」 http://www.kurashi-no-gara.com/別ウインドウで開きます


小さな家の生活日記 バックナンバー

バックナンバー

このページのトップに戻る