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「小さな家の生活日記」

マイホームで忘れられがちな、あるもののデザイン

2008年01月07日

 謹賀新年。

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そういう家具作家をどこでみつければいいの?というかたは、本欄07.8.20「家具作家と知り合う法」をご覧ください!

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革を貼り付け、蝋びきの糸で板に縫いつけたポストの蓋。

 今年もよろしくお願いいたします。

 さて、年頭から本題へ突入するが、マイホームを購入する、あるいは建てるときに、デザインや使い勝手など吟味を忘れられがちなものを三つ考えてみた。何度か書いてきたが、そのうちふたつは、物干し台と風呂の蓋である。

 ことに物干し台は毎日見るものであるし、南向きのけっこういい場所に陣取る存在感の大きなものなのに、あまりこだわる人がいない。私は、コーポラティブハウスのときにまったく見落としていて、予想以上に場所をとって洗濯物を干す以外にテラスを使えないような状況だったので、入居1年で泣く泣く取り替えるという経験をしている。なので、なおのこと強く思うのかも知れない。 

 風呂の蓋も、案外こだわらない。すっきり収納できて、いつでも清潔で、掃除のしやすい素敵なものを探すというより、ユニットバスの一体型に含まれているので、あまりこだわらずにそれを選択したというケースが多いのではないだろうか。

 さて、残るもうひとつは、郵便ポストである。これは、仕事柄どうしてもこだわらざるをえないもので、ぴんとこない人もいるかも知れない。しかし、私にとっては引っ越しのたびに悩みの種なのだ。まず、しょっちゅう送られてくる女性月刊誌のサイズが入らない。さらに、家の顔ともいうべき玄関に設置されるのにもかかわらず、デザインを考え抜かれたものが圧倒的に少ない。ちょっとしゃれているなと思うとたいてい外国製で、蓋がR型をしていて、たいてい小さい。容量、デザイン、使い勝手という用の美を兼ね備えたポストが、この国には少ないなあというのが私の実感である。 

 建築家の建てた家で真っ先に目がいくのは、私の場合、ポストである。家ごとに、施主の要望にこたえたそれぞれのポストのスタイルがあつらえられているからだ。「郵便物が多いので」と屋根付きの大型サイズのものや、「家に出ずに受け取りたいので」と、外壁に投函口をあつらえ、内側から受け取れるスタイルのものもある。それらをみるたび、ああ、施主のためだけに建てられた家なのだなあと、しみじみうらやましく思うのだ。 

 我が家は、『家庭画報』サイズの本が最低2冊は入ること、素材は、とってつけたメタリックなものやカラフルなそれではなく、木造の日本家屋に調和するデザインであること、ブロック塀にとりつけるので、雨風に耐えられることの3点が最低条件であった。半年ほど前に、「期日はいつでもいいから」と製作を依頼したのは、ふだんはグラフィックデザインの仕事をしている石川聡さん。自宅もハーフセルフビルドで、プロとして家具製作も手がけている。といっても、ポストの注文はさすがに初めてだそうで、できあがったときは、「もう二度と作れないというくらい、考えに考え、試行錯誤を繰り返しました」とのこと。 

「ジャンクなテイストで、でも日本家屋に合うものを」という無理難題に、古材と革という取り合わせを考案した。「ジャンク」とは、雨風にさらされ、年が経つほど味わいの増すものを、という思いで表現した。曖昧模糊としたそのオーダーに応えるため、石川さんは、古材に白いペンキ、金具の細部まで状態のいいユーズドの真鍮を使い、見えない内側まで、板一枚一間の縁をていねいに加工していた。使うほどに味わいを増すためには、「見てくれのデザイン」だけでは全然だめで、細部まで手を抜かず機能を上げないと、「古くてもいい感じ」には到達しない。使い勝手や耐久性、風雨のトラブル、いろんなケースを想定した上で、デザインを施す。きっと、そこが難しかったに違いない。 

 ポストの蓋は、板に小さな穴を開け、革を貼り、蝋びきをした革の糸で縫うという独特の意匠。何度も何度も耐水加工を施したので、水漏れの心配はないとのこと。状を差し込む微妙な角度や、さまざまな降雨量にあわせて雨だれの逃げ口を計算して、ここしかないというところに溝を作ってある。 

 とにかく半年待った甲斐のある、すべての希望を叶えた「我が家のためのポスト」が、やってきたのだ。「どこに引っ越しても必ず持っていきます」

 と、告げたら「そりゃあ嬉しいですね」とほほえんだ。 

 生活の道具が美しいと、それだけで毎日幸せな気持ちになる。幸せの代金は、ふつうにポストとして考えると高価で、制作に費やされた時間と比較するととんでもない安価になる。しかし、本来かかった費用に見合う代金を設定すると「買ってくれる人がいないのです」(石川さん)。大理石のキッチンやイタリア製の家具も素敵だが、美しい生活の道具を作る職人がそれだけを本業にして食べていけるくらい、お金持ちの人たちが上手にお金を使ってくれたらこの国はもっと美しくなるのにと思う。私はお金持ちではないので、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で、ドキドキしながらオーダーをした。そうして得たポストは間違いなく世界に一つで、毎日、守り神のように家の前に鎮座し、帰宅のたび、家族全員の気持ちを優しくほっこりさせてくれる。だとしたら、やっぱりあの金額は安いのだと思う。どうしようもなく。

プロフィール

顔写真 大平 一枝(おおだいら・かずえ)

 長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。

 著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。

 ホームぺージ「暮らしの柄」 http://www.kurashi-no-gara.com/別ウインドウで開きます


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