現在位置:asahi.com>住まい>小さな家の生活日記> 記事 PR 住まいの最新情報間に合わせの勉強部屋にて2008年01月21日 長男が中学受験をするので、この2年間だけ、勉強机を私の仕事部屋に置いた。まだ、子ども部屋を分けていなくて、妹と同じ部屋では就寝時間も違うし、いろいろとまずいと思ったための、急場しのぎ(にしては2年は長いが)である。寝起きは子ども部屋でしている。
年頃の男の子と母親が一緒の部屋だなんて、客観的に考えれば、かなり気味の悪い話だ。だが、部屋数も足りないため、とにかくどうしようもなくてこうなっている。 その年齢特有の男子が読む、つまり母親が眉をひそめる系の漫画や雑誌はどこで読むのか。隠し事はあって当然だが、彼はどこに隠すのか。年齢相応の隠し事をする空間を奪ってしまって大丈夫か。こちらも、それなりに心配はあった。 2年過ごしてみた率直な感想は、「すべては杞憂であった」。 結局、一緒の部屋といっても、私の仕事は午前9時から午後6時まで。彼の勉強はほとんどが塾で、家の勉強は夜になる。つまり、時間が重なることがほとんどない。唯一重なるのは、下校後〜塾開始までの夕方30分ほど。帰宅しておやつを食べて、しばらくしたあと机に向かうが、お互いに無言である。 しかし、無言にもいろんな無言があるということに気づいた。学校でなにかあって元気のない無言。勉強に集中しているための無言。宿題が終わってなくて、塾に行きたくないやる気のない無言。気分が乗っていないときは、鉛筆をぐるぐる回して窓の向こうをみている。私も学生時代、退屈な講義ではよくペン回しを友達と競ってやっていたなと思い出す。そう思うと強く怒れなくて、一瞥をくれる程度にとどめる。その程度でも、一緒の部屋にいると気配で「まずい」と感じるらしい。しばらくすると、テキストに向かい出す。 1年を経た頃、「全部見えるのはいやだから、カーテンをつけて」といわれ、それもそうだと、突っ張り棒でカーテンを吊した。元々、机は別方向に向いていて目線は合わないのだが、カーテンの存在感は大きく、互いが以前にも増して気にならなくなった。 一緒の部屋にした大きなメリットが一つある。 夜、塾から帰った後、大量の宿題があるとき、彼は必ず聞いてきた。 「お母さん、今晩、締め切りの原稿、ないの?」 あるよと答えると、小さく口元がゆるむ。安堵の表情がかいま見えた。今日はないよ、と言うと、「ちぇ」という顔をする。ああ、夜中、ひとりで勉強するのは不安なのだなと、実感したものだ。受験といえども、たかだか12歳。我が身を振り返っても、高校受験、大学受験でもあれほどイライラや不安がつのるのだ。小学生で、過熱する東京の中学受験の現場に身を置き、毎日、見えないストレスと闘っているのだと思ったら、勉強は手伝えないが、同じ部屋で自分の仕事をするくらいはおやすいご用と思った。 私は横で勉強を教えるタイプでもなく(聞かれても答えられないので「塾に聞け」と逆ギレするのがオチ)、夜食を作って励ますこともしたことがない。ただ、自分の仕事がせっぱつまって、夜も書かなくてはいけないとき、同じ部屋で同じ時間を共有することくらいなら、つきあえる。 夜が更けると、学校のこと、担任の先生のこと、塾の友達や先生のこと、転校してしまった友達のこと、いろんな話をしてくれた。 中学以降の受験は、ひとりできりもりしていくだろう。いや、親なんて介入する隙はないはずだ。だから、今くらい、わずかな時間を共に分かち合うのは悪くない。 もう二度とこんな時間は訪れないだろうと思いながら、いくつもの夜を過ごした。締め切りがないときは、先に寝たりもしたが、締め切りがあるような振りをしてネットサーフィンをしていたこともある。 もうすぐ、私の仕事部屋は元通り、私だけのものとなる。受験後は、子ども部屋を仕切って、彼の部屋をきちんと作る約束になっている。あと2週間。きっと彼と机を並べる、人生で最後の2週間を、私は私で悔いなく楽しむとしよう。人生最初の関門がせまり、笑顔が減ってきた彼のために、直接してあげられることは何もないけれど。
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